きみといっしょに。〜死別。旦那が突然死にました〜

突然天国に行ってしまった旦那のまーくん、そして残された子供達と私の物語。

最近のニューストラックが小学生の列へつっこんだり熱海で土砂災害があったり予期せずに沢山の方の命が失くなるものを目にします。なんとも言えずグーっと心が固くなる。まーくんが死んでもうすぐ丸4年。毎日毎日しこたま考えて考え過ぎて『死ぬこと』に対してはさほど何と ...

最近のニュース
トラックが小学生の列へつっこんだり
熱海で土砂災害があったり

予期せずに沢山の方の命が失くなるものを
目にします。


なんとも言えず
グーっと心が固くなる。


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まーくんが死んで
もうすぐ丸4年。


毎日毎日しこたま考えて
考え過ぎて

『死ぬこと』に対しては
さほど何とも思わない自分がいます。


それは必然で運命で
避けられるようなことではなく
遅かれ早かれみんな最終的には
そうなるのだと。

自分の子供達が死ぬことも覚悟しています。




死ぬことは当たり前で
可哀想なことではなくて

どんな終わり方であれ
どれだけ早かろうと

それまで生きた日々を讃えることが
何よりもの愛だと思っています。

可哀想で終わったね。ではなく
素晴らしい人生だったね。と。

20210706_1_2


グーっと固くなるのは
遺された人のことを想うから


どれだけ仕方のないことだと納得しようとしても
到底納得できるようなことでもなく


昨日まであったものが
たった今まであったものが
今後、未来永劫失われる。

その苦しさを私は知っているから



身がちぎれるような痛みと
抜け殻になったような虚しさと
何にも埋めることのできない寂しさを

私は知っているから




会いたくて会いたくて会いたくて
何万回も思って

何万回も思うたびに
何万回も諦めて

なのに何年経っても諦めきれなくて


声にならない声で泣いて
行き場のない想いが棘になって…




それを味わうことになるであろう人達を想うと
心が苦しくなります。



できれば
誰にも味わってほしくない
この地獄

20210706_1_3




最近
ブッダの本を読み返していて
悟りたいなぁと本気で思ってます。

世の中の苦しみは
執着することが生み出す。


何にも捉われず
何にも依存せず
心軽く生きる


「欲しくて欲しくてたまらない相手を作らない」

という一説があって


欲しくて欲しくてたまらないけど
絶対に手に入らないことを知ってる。

執着するけど
いずれ手放すことになるであろう執着。

人生における
これ以上ない喪失。


20210706_1_4


仕方なしにいずれ手放す執着が
自分を一つ押し上げて
少しだけ悟るのかもしれない。


だから
諦めたものの多い人の方が
その痛みを知ってる人の方が

温かく優しく
穏やかで素敵なのかもしれない。





誰かを恨み
何かを憎み

生きては欲しくない。

そう生きてはいきたくない。





どうか


どうか
どうか



遺された人が
健やかに生きられますように


幸せを感じ
たくさん笑って
生きていけますように



▼▼▼本日のPick up▼▼▼

ブッダの言葉
(本)

 1ページ、ないし2ページで一つの説法(?)があって
読みやすいです。
その日にパラパラとめくって
気になるところを読んでいます。


ーー死と向き合うーー
遺言

一瞬もムダにすることなく
ダラダラすることなく
精進するように

(部分抜粋)
ーーーーーーー

何だか心に沁み渡るんですよね。

超訳 ブッダの言葉 エッセンシャル版(特装版) (ディスカヴァークラシック文庫シリーズ) [ 小池 龍之介 ]
超訳 ブッダの言葉 エッセンシャル版(特装版)



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<書籍発売中>『旦那が突然死にました。』

旦那が突然死にました。
著者:せせらぎ
エムディエヌコーポレーション
2020-08-24

サンプルこちら
(一章分、配信しています)

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我が家では『死ぬこと』をカジュアルに話します。それを幼い子にそんな話をするなんて!という方もいます。『死ぬこと』ってそんな話なのでしょうか。なんでこの世界、死を口に出すことをタブーとされているのか。幼い子が受け止められる話じゃない。心に負荷がかかる。その ...

我が家では『死ぬこと』をカジュアルに話します。

それを
幼い子にそんな話をするなんて!
という方もいます。



『死ぬこと』ってそんな話なのでしょうか。
なんでこの世界、死を口に出すことをタブーとされているのか。




幼い子が受け止められる話じゃない。
心に負荷がかかる。

その、負荷がかかる受け止められないとされている
世界を私たち親子は生きています。



当たり前に父親が死んでいない世界。


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当たり前なんです。


人が死ぬことも
死んでいないことも

それを悲しみ泣くことも
その悲しみを抱きしめることも

我が家では当たり前。
悲観される様なことじゃないのです。


悲しい時は「お父さんに会いたくなっちゃった」と泣き
それを子供達が抱きしめてくれる。

20210210_2



死んで間も無くは
子供の前で泣いちゃいけない。
強くならないといけない。

そう思っていました。



でも違う。

悲しいことも
苦しいことも
隠さない。




大切な人が死ぬことは苦しい
悲しくて辛い。

たくさん涙を流して
自分に落とし所を作っていく。

何も隠さなくていいんだと思うんです。



苦しむことも
向き合うことも大切。

人が死ぬということがどういうことか知ることも
だから何が今大事なのか気づくことも
必要なことだと思うのです。




『死に触れたくない』
死を悲観している人はきっと
本当に心の底から大切な人を亡くしたことがない人なのかもしれない



それが当たり前に近くにある世界では
死の事実が当たり前です。

ゾンビがうようよしている世界では
大切な人と死に別れることが当たり前で
それを隠すことも、目をそらすこともせず
その事実を受け止め、その世界で生きる術を手に入れます。
たとえそれが子供でも。


そんな残酷な世界を子供の目に触れない様に
隠して、逸らして、気づかせないようにするのは
それが出来る世界にいる人たちだけです。





しーちゃん(5歳)の頭の中の世界では
ピカチュー達も保育園に通っていて
保育園のお友達はゼニガメ、ヒトカゲ…など
空想を膨らませています。

そんなピカチューの家族は
ピカチュー、ピチュー、ピカチューのお母さんの
三人家族だそうです。

お父さんピカチューは死んだからいないの。


と、完全に我が家。笑

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誰かが死んでいないことなんて
しーちゃんの中では当たり前なのです。

しーちゃんの記憶の中にお父さんはいなくて
お父さんは死んでいない世界を
何とも思わず生きています。


それでいいのだと思います。


子供達はお友達に
「なんでお父さんいないの?」
「なんで死んじゃったの?」
と何の配慮も遠慮もなく聞かれる環境で育つ。


悲観することでも隠すことでもなく
『死』は当たり前で人生の一部だと
あっけらかんとしているのが一番で

ただの当たり前な話なのですよ。


たとえそれが
世の中的には受け止めきれない辛い話なのだとしても
しっかり受け止めて生きています。




しーちゃんの中で
今の我が家は五人家族で

私と、けーくんと、しーちゃんと、ゆーくん(高校生居候)
そしてお父さん。

自然と仲間に入れる様になりました。

見えないけどいるんだよと。
みんなの肩に乗っているの。
小さくて、黄色いの。

完全に私の絵。笑

20210210_4




『死』の話は苦しいこともあるかもしれない。

実際苦しくて苦しくて
苦しみもがいて吐きそうです。

でも
大切なことだと思う。


『そういう世界で生きている』と知ること。




必ず誰しもが別れ
悲しみにくれ辛い思いをする。

たくさん泣いて
寄り添いあって
また少し笑う。

そうやって生きていくしかない
そうやって生きていけばいい




だから我が家も
たくさん泣いて
寄り添いあって
笑って生きていくだけです。




笑って生きることだけが大事ではなくて
たくさん泣いて
寄り添い合うことも
同じくらい大事なのだと思うのです。


それが出来る
そんな話ができる環境であることを
残念な環境だとは思っていません。

20210210_5


いつか子供達が大きくなった時に
カジュアルに『死の話』が出来る様に
当たり前の、何でもない話として
何の構えもなく『死』に向き合っていきたいです。



↓我が家は『死』だって遊びの一つ




※コメント返信お休みしてます。 



▼▼▼本日のPick up▼▼▼

いつでも会える

有名な本ですよね。
死別をテーマにした
温かい話だけど
「いつでも会えねーわ!いねーわ!」と
別れた当初は思ってました。
今も会えるとは思わないけど
そういう気持ちでいることは
悪くないことなんじゃないかと思います。



▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




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旦那が突然死にました。
著者:せせらぎ
エムディエヌコーポレーション
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「死にたくない」「生きていたい」そう思うのは当然でみんな死から逃げて生きている。死は悪いこと。避けたい。なりたくない。絶対に嫌。でもそうしたら死んじゃった人可哀想じゃない?みんなが避ける嫌なことになってしまってはい。人生おしまい。なんて…みんな死ぬのに… ...

「死にたくない」
「生きていたい」



そう思うのは当然で
みんな死から逃げて生きている。



死は悪いこと。



避けたい。
なりたくない。
絶対に嫌。




でも


そうしたら
死んじゃった人可哀想じゃない?



みんなが避ける嫌なことに
なってしまって
はい。人生おしまい。なんて…




みんな死ぬのに…




死んだ方がいいとは言わないけれど
死ぬことは悪いことじゃない。


死を身近に感じるから
そう思うんです。




この世に生きることの喜びと苦痛
死んでしまうことの苦痛と喜び

きっとあるはず
喜ばしい部分が。



ひとまずは
この世の苦しみを考えなくて良くなること。


この世界の苦しみから解き放たれる時が来る。
楽しみじゃないか。

20200607_1


最後は楽しみなことが待ってるんだから
死は怖くない。


いつか終わりが来るのだから
今の苦しみも苦しくはなくて

限りがあるのだから
精一杯生きられる。


20200607_2



全ては死ぬために。
死ぬために生きる。


それに気づけるか
いつ気づくか。


割と早いタイミングで気づけて良かった。
まぁ、旦那が死んで気づいたんで遅すぎる説もありますが…


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↓死神が来る時まで楽しく生きる。


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少し前に会いに行ったおばあちゃんが死にました。 手を握り声をかけ抱きしめたその時やれることを後悔ないようにしたので心の準備もあり素直に受け入れることができ訃報を聞いた時それは早朝の電話で覚悟を持って聞けました。そして、割と穏やかな気持ちです。まーくんが死ん ...

少し前に会いに行った
おばあちゃんが死にました。



手を握り
声をかけ
抱きしめた


その時やれることを
後悔ないようにしたので

心の準備もあり
素直に受け入れることができ



訃報を聞いた時

それは早朝の電話で
覚悟を持って聞けました。




そして、
割と穏やかな気持ちです。


まーくんが死んだ時

もう二度と葬式はゴメンだと思いました。


この時の
この感情が
フラッシュバックする気がして
怖くて仕方なかった。


それでも
おばあちゃんの葬式は
大して泣きもせず
心落ち着いている自分がいます。


手も合わせるし
焼香だって出来る。
20200201_1


それは
まーくんの死後
嫌という程
『死ぬこと』
『生きること』
を考えてきたから。

それこそ
二年以上
毎日考えています。


死は怖いものではなくなった。
あちらの世界には沢山の人がいる。
全員あちらに行く。

ただ
それが早いか遅いかだけ。



死に対峙する辛さって
年齢も大きいと思うし
生活を共にするかでえらく違う。


おばあちゃんが死んでも
寂しいけれど
私の生活には何の変化もありません。


昨日まで当たり前のようにいた存在が
今日からいないという空虚感。
それが死別で一番辛い。


それですら
体験してしまったので
もう何が起こっても向き合える。
怖いものなしです。


きっと
子供が死んでも
しこたま泣いて悲しむと思うけど

それでもきっと
(仕方のないことだ)
そう思えると思います。
その覚悟が出来ています。

そしてあちらの世界にはお父さんが待っているからね。


20200201_2


にしてもやっぱり
葬式って何なんでしょう。

まーくんの時は
焼香も手合わせもしなかった。したくなかった。


おばあちゃんの時は
やって欲しいならやりますよ。精神。


お坊さんが戒名について話し
「この名前をないがしろにする人が
最近多いけど
天国へ行く為に大事な名前なんだ」と。



……………




…おかしくない?


その名前つけてもらうのにお金いるよね?
何なら名前のランクもあるよね?


お葬式もそうだけど
お金を持ってる人じゃないと
天国に行けないの?


傲慢なお金持ちが天国に行って
誠実な貧乏人は行けないの?




そんなばかな。

20200201_5




大切なのは
遺された人の想い。
葬式だって墓だって何だっていい。


と思うけど
もし私が独り身で死んで
誰にも想ってもらえなくて
遺体や遺灰を生ゴミで出されるのは
ちょっと悲しい。


そうなったら
坊さんにくらい手を合わせて欲しい。(わがまま。笑)


やっぱり死者を敬うのは大切なことなのかなぁとも思う次第です。。

答えの出ない難問ですな。




ひとまず。


おばあちゃん。


お疲れ様でした!

また会う日まで
ゆっくり過ごしててね。
きっと天国では体は元気。

思いっきり走り回って
待っててくださいな。



ね!まーくん。

おばあちゃんをよろしくね。

天国の先輩として。

20200201_4


けーくんと葬儀に向かう途中
死んだら天国に行くんだよ〜などと話していて
「天国ってどこにあるんだろうね」と(遠い目)で聞きました。




「お空にあるんだよ」



そう言われました。

幼い子供にそう言われると事実な気がする。
お空にいくんだね。みんな。

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↓想いが届きますように。


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『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
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死ぬのは怖くなくなりました。この世界にはまーくんはいない。あちらの世界に行ったら会えるかもしれない。そう思ってたのに『イントゥ・ザ・ストーム』という映画を見た時、久々に死を怖いと思いました。 竜巻の話なんですけど、廃屋に閉じ込められた男女が閉鎖的空間で水 ...

死ぬのは怖くなくなりました。

この世界にはまーくんはいない。
あちらの世界に行ったら会えるかもしれない。


そう思ってたのに

『イントゥ・ザ・ストーム』という映画を見た時、
久々に死を怖いと思いました。


 竜巻の話なんですけど、廃屋に閉じ込められた男女が閉鎖的空間で水が溢れ出し、まぁ、生き埋めの状態になった時、


深くなる水深
迫り来る自分の死


もう本当に本当に死を覚悟しなければいけない時
二人は家族にメッセージを残すのです。(カメラ持ってた)

愛する者たちへの感謝
愛を伝える言葉

迫り来る死に恐怖を感じつつも覚悟を決めている言葉



怖っ。

20190322_1



死にたくない!怖い怖い!
死ってめっちゃ怖い!




………あれ?


怖くないんじゃなかったっけ??

20190322_2

なので、何で怖いのか、なんで怖くないのか考えてみました。



死は誰にでも訪れます。
全員。100%。免れる人なんて絶対にいない。

なのになぜ怖いのか。



方や自ら死を選ぶ人もいます。

死んだ方がましな心境
死んだ方がましな状況
死んだ方がましな苦痛

これ以下はないと思うから死んでもいいと思うのでしょう。
苦痛から逃れるために。


ならば、あの世がめちゃハッピーで幸せいっぱいだったら
誰も死は怖く無くなるのでしょうか?



きっとあの世を誰も知らないから怖い。

未知数のあの世より
今、そこそこのこの世を手放せない。


この世が苦痛な人
もうこの世に未練がない人は怖くないのでしょう。


だから苦痛な人は自死を選び、
家族、友人をたくさん見送ったご長寿さんは、いつでもお迎えウェルカムなんでしょう。

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映画の二人同様
大半の人は自分の死を突きつけられます。

病気、余命、寿命。
それに対峙していかないといけない。


それが、そこそこのこの世の人には苦痛なのでしょう。
手放せないこの世。手放さなければいけないこの世。

仕事や趣味なんてどうでもいい。
愛する者との別れが一番受け入れたくない。


そんな状況を突きつけられるのは辛い。

私も自分が死ぬ時何を思うか考えたら
まーくんに会えるでもなく
子供達に会えなくなるでもなく

子供達が私に会えなくなるが一番辛かった。


これから先、親のいない人生を歩んでいかなければいけない子供達。
それが一番、心を締め付けた。


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そんな自分の死に対峙する苦痛を考えたら、うっかり思ってもみない内にポックリ逝くのが、最高なのかもしれない。

だって、誰でも死ぬんだから
死の苦痛を味合わない死に方以上に羨ましい死に方はない。(やったね!まーくん!生粋のラッキーボーイだ!)


ということは
一番きついのは死んだ方がマシだと思う状況の時なのではなかろうか?

だって死んだ方がマシなのに生きないといけないのだから。

死ぬこと以上の苦痛なら、それはもうキツイでしょう…


そして誰にでも訪れる死は
苦も楽も
死に方の問題かなと。
痛いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。
闘病で衰弱しても
愛する者達の温もりを感じながら死ねたらそれでいい。

それでも、たった一人、映画のような状況で
温もりも感じず、迫り来る辛い状態(息ができないとか痛い)で死ぬ可能性もある。



ならば準備をしよう。
どんな事態に陥ったって心穏やかにいられるように。
最後の瞬間だもの嫌な気持ちで終えたくない。

怯えてたって仕方ない。
いつか訪れるその日のために。
どんな死でも受け入れる覚悟をしよう。

人はそれを『悟り』と言うんだぜ。



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『せせらぎ通信』はいかが?

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文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。

最愛の旦那様がある日突然前触れもなく死んだ時のことです。あの日、まーくんが死んだあの日。 私は子供達を連れて実家に帰省していました。 割と長く…1、2週間くらい。 火曜の夕方にまーくん(旦那)の会社から電話があり 「具合が悪いから遅く行く」と連絡があったきり ...

最愛の旦那様がある日突然
前触れもなく死んだ時のことです。



あの日、まーくんが死んだあの日。
私は子供達を連れて実家に帰省していました。
割と長く…1、2週間くらい。

火曜の夕方にまーくん(旦那)の会社から電話があり
「具合が悪いから遅く行く」と連絡があったきり連絡が取れないと…

実は割とあること。そのまま自宅作業で行かないこともたまにある。
いつものことすぎて「はぁ。こちらも連絡とってみます。」とだけ言って
さほど気にしていなかった。

しばらくして、まーくんの姪っ子から電話。
彼の会社でしばらくバイトしていたこともある彼女は別ルートから連絡がきたらしい。
いつものことだからね。と、もしかしたら家に様子を見に言ってもらうかもとだけ伝え電話を切る。

18時くらい、自分の子2人と私の姉の子2人に夕食を作っている時
子供達が足元にへばりついてワーワーしている時
会社から再度電話。自宅に様子を見に来たとのこと。

どうやら聞けば、月曜の午後に連絡が来たきり、
その夜も次の日の朝も、昼も、夕方までも連絡がつかなかったので様子を見に来たとのこと。
鍵が開いていないらしい。
「回り込んでもらうと小さな中庭があって、彼はそこでいつもタバコを吸うので、 もしかしたら開いているかもしれない。であれば入ってもらって構いません。」とだけ伝える。
電話を切らずしばらくすると、
「あ、見えた。寝てるかな?ちょっと入って見て来ます。」
電話を切って待ってみる。
この時ですらなんの心配もしていなかった。
寝てるなんていつものこと。。

しばらくして電話がなる。
「ちょっとヤバイかもしれないから、すぐに来てください。」
「え?ヤバイってなんですか?」
「とにかくすぐに来てください。」
「え?え?私、今子供達4人見てて、大人がいなくて、 すごい状態で、それでもほっぽって行った方がいい感じですか?」
「すぐ来て、脈がないから。」
「え?え?え?わ、わかりました。とりあえずすぐに向かいます。」

20171005

電話を持ちながら震えがくる。脈がないってなんだ??
一番上の中一の甥っ子に、
「まーくんがやばいらしい。子供達こんな状態だけど置いて行くから面倒見てて。
おばあちゃんに電話して来てもらうから、それまで何とかしてて。
隣の部屋で電話してくるから、しーちゃん(私の下の子1歳)が泣き叫んでも連れてこないで。」
「わかった。」←空気を感じて、それ以外聞かない。

おばあちゃんに、すぐ出るから子供を見ててほしいとだけ伝え
着の身着のまま、必要なものだけ持って出かける準備をする
体が震え、自然と涙が出る。

甥っ子が「まーくん大丈夫?」と聞く
「脈がないらしい」と伝えると。
「死んだってわけじゃないんだね。」と。

「脈がないってことは、心臓が止まってて、心臓が止まると人は死ぬんだよ。」
と冷静に言いながら、死という言葉に一層ガタガタと震える。

「もう行くから!」と
子供達に別れも告げつ、駆け足で車に乗り込んだ。
実家から家まで高速乗って1時間半ほど。

とりあえず、とりあえず家へ。


↓つづきます。
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