きみといっしょに。〜死別。旦那が突然死にました〜

突然天国に行ってしまった旦那のまーくん、そして残された子供達と私の物語。

少し前に会いに行ったおばあちゃんが死にました。 手を握り声をかけ抱きしめたその時やれることを後悔ないようにしたので心の準備もあり素直に受け入れることができ訃報を聞いた時それは早朝の電話で覚悟を持って聞けました。そして、割と穏やかな気持ちです。まーくんが死ん ...

少し前に会いに行った
おばあちゃんが死にました。



手を握り
声をかけ
抱きしめた


その時やれることを
後悔ないようにしたので

心の準備もあり
素直に受け入れることができ



訃報を聞いた時

それは早朝の電話で
覚悟を持って聞けました。




そして、
割と穏やかな気持ちです。


まーくんが死んだ時

もう二度と葬式はゴメンだと思いました。


この時の
この感情が
フラッシュバックする気がして
怖くて仕方なかった。


それでも
おばあちゃんの葬式は
大して泣きもせず
心落ち着いている自分がいます。


手も合わせるし
焼香だって出来る。
20200201_1


それは
まーくんの死後
嫌という程
『死ぬこと』
『生きること』
を考えてきたから。

それこそ
二年以上
毎日考えています。


死は怖いものではなくなった。
あちらの世界には沢山の人がいる。
全員あちらに行く。

ただ
それが早いか遅いかだけ。



死に対峙する辛さって
年齢も大きいと思うし
生活を共にするかでえらく違う。


おばあちゃんが死んでも
寂しいけれど
私の生活には何の変化もありません。


昨日まで当たり前のようにいた存在が
今日からいないという空虚感。
それが死別で一番辛い。


それですら
体験してしまったので
もう何が起こっても向き合える。
怖いものなしです。


きっと
子供が死んでも
しこたま泣いて悲しむと思うけど

それでもきっと
(仕方のないことだ)
そう思えると思います。
その覚悟が出来ています。

そしてあちらの世界にはお父さんが待っているからね。


20200201_2


にしてもやっぱり
葬式って何なんでしょう。

まーくんの時は
焼香も手合わせもしなかった。したくなかった。


おばあちゃんの時は
やって欲しいならやりますよ。精神。


お坊さんが戒名について話し
「この名前をないがしろにする人が
最近多いけど
天国へ行く為に大事な名前なんだ」と。



……………




…おかしくない?


その名前つけてもらうのにお金いるよね?
何なら名前のランクもあるよね?


お葬式もそうだけど
お金を持ってる人じゃないと
天国に行けないの?


傲慢なお金持ちが天国に行って
誠実な貧乏人は行けないの?




そんなばかな。

20200201_5




大切なのは
遺された人の想い。
葬式だって墓だって何だっていい。


と思うけど
もし私が独り身で死んで
誰にも想ってもらえなくて
遺体や遺灰を生ゴミで出されるのは
ちょっと悲しい。


そうなったら
坊さんにくらい手を合わせて欲しい。(わがまま。笑)


やっぱり死者を敬うのは大切なことなのかなぁとも思う次第です。。

答えの出ない難問ですな。




ひとまず。


おばあちゃん。


お疲れ様でした!

また会う日まで
ゆっくり過ごしててね。
きっと天国では体は元気。

思いっきり走り回って
待っててくださいな。



ね!まーくん。

おばあちゃんをよろしくね。

天国の先輩として。

20200201_4


けーくんと葬儀に向かう途中
死んだら天国に行くんだよ〜などと話していて
「天国ってどこにあるんだろうね」と(遠い目)で聞きました。




「お空にあるんだよ」



そう言われました。

幼い子供にそう言われると事実な気がする。
お空にいくんだね。みんな。

20200201_3

↓想いが届きますように。


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
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死ぬのは怖くなくなりました。この世界にはまーくんはいない。あちらの世界に行ったら会えるかもしれない。そう思ってたのに『イントゥ・ザ・ストーム』という映画を見た時、久々に死を怖いと思いました。 竜巻の話なんですけど、廃屋に閉じ込められた男女が閉鎖的空間で水 ...

死ぬのは怖くなくなりました。

この世界にはまーくんはいない。
あちらの世界に行ったら会えるかもしれない。


そう思ってたのに

『イントゥ・ザ・ストーム』という映画を見た時、
久々に死を怖いと思いました。


 竜巻の話なんですけど、廃屋に閉じ込められた男女が閉鎖的空間で水が溢れ出し、まぁ、生き埋めの状態になった時、


深くなる水深
迫り来る自分の死


もう本当に本当に死を覚悟しなければいけない時
二人は家族にメッセージを残すのです。(カメラ持ってた)

愛する者たちへの感謝
愛を伝える言葉

迫り来る死に恐怖を感じつつも覚悟を決めている言葉



怖っ。

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死にたくない!怖い怖い!
死ってめっちゃ怖い!




………あれ?


怖くないんじゃなかったっけ??

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なので、何で怖いのか、なんで怖くないのか考えてみました。



死は誰にでも訪れます。
全員。100%。免れる人なんて絶対にいない。

なのになぜ怖いのか。



方や自ら死を選ぶ人もいます。

死んだ方がましな心境
死んだ方がましな状況
死んだ方がましな苦痛

これ以下はないと思うから死んでもいいと思うのでしょう。
苦痛から逃れるために。


ならば、あの世がめちゃハッピーで幸せいっぱいだったら
誰も死は怖く無くなるのでしょうか?



きっとあの世を誰も知らないから怖い。

未知数のあの世より
今、そこそこのこの世を手放せない。


この世が苦痛な人
もうこの世に未練がない人は怖くないのでしょう。


だから苦痛な人は自死を選び、
家族、友人をたくさん見送ったご長寿さんは、いつでもお迎えウェルカムなんでしょう。

20190322_3


映画の二人同様
大半の人は自分の死を突きつけられます。

病気、余命、寿命。
それに対峙していかないといけない。


それが、そこそこのこの世の人には苦痛なのでしょう。
手放せないこの世。手放さなければいけないこの世。

仕事や趣味なんてどうでもいい。
愛する者との別れが一番受け入れたくない。


そんな状況を突きつけられるのは辛い。

私も自分が死ぬ時何を思うか考えたら
まーくんに会えるでもなく
子供達に会えなくなるでもなく

子供達が私に会えなくなるが一番辛かった。


これから先、親のいない人生を歩んでいかなければいけない子供達。
それが一番、心を締め付けた。


20190322_4



そんな自分の死に対峙する苦痛を考えたら、うっかり思ってもみない内にポックリ逝くのが、最高なのかもしれない。

だって、誰でも死ぬんだから
死の苦痛を味合わない死に方以上に羨ましい死に方はない。(やったね!まーくん!生粋のラッキーボーイだ!)


ということは
一番きついのは死んだ方がマシだと思う状況の時なのではなかろうか?

だって死んだ方がマシなのに生きないといけないのだから。

死ぬこと以上の苦痛なら、それはもうキツイでしょう…


そして誰にでも訪れる死は
苦も楽も
死に方の問題かなと。
痛いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。
闘病で衰弱しても
愛する者達の温もりを感じながら死ねたらそれでいい。

それでも、たった一人、映画のような状況で
温もりも感じず、迫り来る辛い状態(息ができないとか痛い)で死ぬ可能性もある。



ならば準備をしよう。
どんな事態に陥ったって心穏やかにいられるように。
最後の瞬間だもの嫌な気持ちで終えたくない。

怯えてたって仕方ない。
いつか訪れるその日のために。
どんな死でも受け入れる覚悟をしよう。

人はそれを『悟り』と言うんだぜ。



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最愛の旦那様がある日突然前触れもなく死んだ時のことです。あの日、まーくんが死んだあの日。 私は子供達を連れて実家に帰省していました。 割と長く…1、2週間くらい。 火曜の夕方にまーくん(旦那)の会社から電話があり 「具合が悪いから遅く行く」と連絡があったきり ...

最愛の旦那様がある日突然
前触れもなく死んだ時のことです。



あの日、まーくんが死んだあの日。
私は子供達を連れて実家に帰省していました。
割と長く…1、2週間くらい。

火曜の夕方にまーくん(旦那)の会社から電話があり
「具合が悪いから遅く行く」と連絡があったきり連絡が取れないと…

実は割とあること。そのまま自宅作業で行かないこともたまにある。
いつものことすぎて「はぁ。こちらも連絡とってみます。」とだけ言って
さほど気にしていなかった。

しばらくして、まーくんの姪っ子から電話。
彼の会社でしばらくバイトしていたこともある彼女は別ルートから連絡がきたらしい。
いつものことだからね。と、もしかしたら家に様子を見に言ってもらうかもとだけ伝え電話を切る。

18時くらい、自分の子2人と私の姉の子2人に夕食を作っている時
子供達が足元にへばりついてワーワーしている時
会社から再度電話。自宅に様子を見に来たとのこと。

どうやら聞けば、月曜の午後に連絡が来たきり、
その夜も次の日の朝も、昼も、夕方までも連絡がつかなかったので様子を見に来たとのこと。
鍵が開いていないらしい。
「回り込んでもらうと小さな中庭があって、彼はそこでいつもタバコを吸うので、 もしかしたら開いているかもしれない。であれば入ってもらって構いません。」とだけ伝える。
電話を切らずしばらくすると、
「あ、見えた。寝てるかな?ちょっと入って見て来ます。」
電話を切って待ってみる。
この時ですらなんの心配もしていなかった。
寝てるなんていつものこと。。

しばらくして電話がなる。
「ちょっとヤバイかもしれないから、すぐに来てください。」
「え?ヤバイってなんですか?」
「とにかくすぐに来てください。」
「え?え?私、今子供達4人見てて、大人がいなくて、 すごい状態で、それでもほっぽって行った方がいい感じですか?」
「すぐ来て、脈がないから。」
「え?え?え?わ、わかりました。とりあえずすぐに向かいます。」

20171005

電話を持ちながら震えがくる。脈がないってなんだ??
一番上の中一の甥っ子に、
「まーくんがやばいらしい。子供達こんな状態だけど置いて行くから面倒見てて。
おばあちゃんに電話して来てもらうから、それまで何とかしてて。
隣の部屋で電話してくるから、しーちゃん(私の下の子1歳)が泣き叫んでも連れてこないで。」
「わかった。」←空気を感じて、それ以外聞かない。

おばあちゃんに、すぐ出るから子供を見ててほしいとだけ伝え
着の身着のまま、必要なものだけ持って出かける準備をする
体が震え、自然と涙が出る。

甥っ子が「まーくん大丈夫?」と聞く
「脈がないらしい」と伝えると。
「死んだってわけじゃないんだね。」と。

「脈がないってことは、心臓が止まってて、心臓が止まると人は死ぬんだよ。」
と冷静に言いながら、死という言葉に一層ガタガタと震える。

「もう行くから!」と
子供達に別れも告げつ、駆け足で車に乗り込んだ。
実家から家まで高速乗って1時間半ほど。

とりあえず、とりあえず家へ。


↓つづきます。
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