死別者に対しての『頑張れ』
ーーーーーーーーーーー前を向くのも億劫なのに子ども達のためにがんばれと言われても私はがんばれません。親兄弟に頼って日々後ろを向いて過ごすばかりです。でも周りは「がんばれ、がんばれ」言う人ばかり正直言って『がんばれ』て言われるの嫌です。こんな有様ではダメで ...
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前を向くのも億劫なのに子ども達のためにがんばれと言われても私はがんばれません。
親兄弟に頼って日々後ろを向いて過ごすばかりです。
でも周りは「がんばれ、がんばれ」言う人ばかり
正直言って『がんばれ』て言われるの嫌です。
こんな有様ではダメですかね。
せせらぎさんは「がんばれ」て言われるのは嫌じゃないですか?
ysketom
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という質問をいただきました。
(メッセージでいただいたので、大々的に記事にしてごめんなさい。
想いが溢れて…嫌だっただすぐ閉じます!)
大っ嫌いです。
「頑張れ」
特にこちらの心情を汲むではない
自分の持論からくる頑張るしかないでしょ!の「頑張れ」

お前に何がわかるっちゅーねん。
頑張ってるっちゅーねん。
幸いにも私の周りにはそういう人たちはいなく
常に心を削られたり、イラっとすることはありませんでした。
ただ
私の家族がそうなんです。
私の家族(父母姉)は、それなりに大変な思いもして、修羅場もくぐってきた経験上
「頑張るしかない」が全員に染み付いています。
わかってる。
頑張るしかない。
かくいう私もこの家庭環境で育ってきたので「頑張るしかない」が染み付いているし
実際その想いで生きています。
良くも悪くも動じない家族です。
でも死別者に言うことじゃない。
頑張るしかないことくらい、そんなこと分かっているんだよ。
でもそれで割り切れないのが『死別という苦しみ』なんです。
そしてまた、分かってしまうんです。
気持ちに寄り添って、絞り出した「頑張れ」のエールと
持論からくるやるっきゃないでしょ!のこちらへの配慮なしの「頑張れ」のエール。
不思議ですね。分かってしまうんです。


とはいえ、「頑張らなくていい」と言われても(頑張るしかないんですけどー!?)となってしまう
死別者の面倒臭いところです。
かける言葉が見つからない。これが正解の様な気がします。
心を軽くしたり、前を向かせたりする言葉、そんなの簡単に見つからないくらいの事態なんです。

それでも、その言葉をかけてしまう人は相手の気持ちをおもんばかることに欠けているのでしょう。
そういう人には分かって貰えるとは思っていません。
だから自分の家族に泣きついたことも、気持ちをぶちまけたこともありません。
私が家族の前で涙を見せたのは葬儀まででしょう。
それすらも、泣いている私がそこにいた。というだけで泣きついたわけではありません。
他の人の前では泣けるのに、家族の前では泣きません。
わかって貰えるとは思ってないから。
死後2、3ヶ月目くらいの時に
気持ちが沈んで母の前で元気がなかったら「何かあったー?」と言われました。
衝撃的でした。(旦那死んだんですけどー!?)

そういう反面、特に死別経験者でもないのに、温かく心寄せてくれる人に触れると
「…すっげーな。人間力」と感心します。そうなりたいものです。
私は死別したし、多少なり心の痛みというものに気づける様になりました。
だから、心から絞り出した「頑張れ」を言います。言えます。自分に対しても含めて。
「頑張れ」って無責任で、場合によっては応援ではなく心を潰す言葉なのかもしれません。
一番欲しいのは寄り添いと「頑張っているね」という励ましの言葉なのかもしれません。
↓そして私は心からのエールを送ります!
↓良かれと思っていてもキツイ言葉シリーズ。
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更新と生きる励みになります。
↓更新すると通知が届きますよ。


サイドブログを立ち上げております。
癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
前を向くのも億劫なのに子ども達のためにがんばれと言われても私はがんばれません。
親兄弟に頼って日々後ろを向いて過ごすばかりです。
でも周りは「がんばれ、がんばれ」言う人ばかり
正直言って『がんばれ』て言われるの嫌です。
こんな有様ではダメですかね。
せせらぎさんは「がんばれ」て言われるのは嫌じゃないですか?
ysketom
ーーーーーーーーーーー
という質問をいただきました。
(メッセージでいただいたので、大々的に記事にしてごめんなさい。
想いが溢れて…嫌だっただすぐ閉じます!)
大っ嫌いです。
「頑張れ」
特にこちらの心情を汲むではない
自分の持論からくる頑張るしかないでしょ!の「頑張れ」

お前に何がわかるっちゅーねん。
頑張ってるっちゅーねん。
幸いにも私の周りにはそういう人たちはいなく
常に心を削られたり、イラっとすることはありませんでした。
ただ
私の家族がそうなんです。
私の家族(父母姉)は、それなりに大変な思いもして、修羅場もくぐってきた経験上
「頑張るしかない」が全員に染み付いています。
わかってる。
頑張るしかない。
かくいう私もこの家庭環境で育ってきたので「頑張るしかない」が染み付いているし
実際その想いで生きています。
良くも悪くも動じない家族です。
でも死別者に言うことじゃない。
頑張るしかないことくらい、そんなこと分かっているんだよ。
でもそれで割り切れないのが『死別という苦しみ』なんです。
そしてまた、分かってしまうんです。
気持ちに寄り添って、絞り出した「頑張れ」のエールと
持論からくるやるっきゃないでしょ!のこちらへの配慮なしの「頑張れ」のエール。
不思議ですね。分かってしまうんです。


とはいえ、「頑張らなくていい」と言われても(頑張るしかないんですけどー!?)となってしまう
死別者の面倒臭いところです。
かける言葉が見つからない。これが正解の様な気がします。
心を軽くしたり、前を向かせたりする言葉、そんなの簡単に見つからないくらいの事態なんです。

それでも、その言葉をかけてしまう人は相手の気持ちをおもんばかることに欠けているのでしょう。
そういう人には分かって貰えるとは思っていません。
だから自分の家族に泣きついたことも、気持ちをぶちまけたこともありません。
私が家族の前で涙を見せたのは葬儀まででしょう。
それすらも、泣いている私がそこにいた。というだけで泣きついたわけではありません。
他の人の前では泣けるのに、家族の前では泣きません。
わかって貰えるとは思ってないから。
死後2、3ヶ月目くらいの時に
気持ちが沈んで母の前で元気がなかったら「何かあったー?」と言われました。
衝撃的でした。(旦那死んだんですけどー!?)

そういう反面、特に死別経験者でもないのに、温かく心寄せてくれる人に触れると
「…すっげーな。人間力」と感心します。そうなりたいものです。
私は死別したし、多少なり心の痛みというものに気づける様になりました。
だから、心から絞り出した「頑張れ」を言います。言えます。自分に対しても含めて。
「頑張れ」って無責任で、場合によっては応援ではなく心を潰す言葉なのかもしれません。
一番欲しいのは寄り添いと「頑張っているね」という励ましの言葉なのかもしれません。
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↓良かれと思っていてもキツイ言葉シリーズ。
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わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。