死別5年目、これからの墓について考える
みなさん…墓…どうしていますか?まーくんの墓は故郷の島根で、海の見える高台の素敵な場所で、彼のご両親が見てくださっています。コロナが始まったことにもより私が墓参りをしたのは2年前。そもそも墓なんてものには興味はなく葬儀社の人にも「まだ若いのだから(これか ...
みなさん…墓…どうしていますか?
まーくんの墓は
故郷の島根で、海の見える高台の
素敵な場所で、彼のご両親が見てくださっています。
コロナが始まったことにもより
私が墓参りをしたのは2年前。
そもそも墓なんてものには興味はなく
葬儀社の人にも
「まだ若いのだから(これからご縁があるかもだから)抱える必要はない」
そう言われました。
墓になんてまーくんはいないし
遺骨は分骨して
少しだけ手元にあります。
別に墓を持つつもりはなかったけども
ふと思ったんです。
ご高齢のご両親…
もしこの世を去ったら
誰が墓をみるのか?
まだ近い距離にいる
まーくんのお兄ちゃんがみるだろうけども
お兄がいなくなったら?誰が?
そのまま?
放置?
草ぼーぼーで
誰も来ることもなく?
でもこちらに引き取ったとて
今更東京の窮屈な場所へ押し込む?
それはまーくんは嬉しいのだろうか?
そんな中で
こんなものを知りました。
サイトで紹介しては?と紹介されたものだったのですが
いわゆる建物内での納骨
遺骨のマンション
う〜ん。なんだかなぁ。
そういう印象だったのですが
ちょっと詳しく見てみたら
割と前のめりになってしまいました。
…ええやん。
機械的で窮屈で、そんな事務的な墓参りに
なんの趣があるのか?
と思って敬遠していましたが
墓なんて放っておけば
草ぼーぼー
花を持って行ったとて
枯れるんです。
そんないつもいつも通えることもなく
(少なくとも私はマメじゃないので…)
冬は寒いし、夏は暑い。
墓は大体ちょっぴり立地の悪いところにあって行くのも大変。
ただこの『了聞』は…
素敵やん。趣しかないやん。
冬は寒くて夏は暑い、固く暗く、かつ誰も世話をしてくれなくなった時
一人で遠方で押し込めておくより
建物内という、ヌクヌク環境で
それも広尾というお洒落立地で
私も行きやすいところにいてくれたら…
行きやすいやん。
広尾素敵やん。
帰りにランチでもしちゃうやん。
長居しても寒くもなく暑くもなく快適やん。
帰ろ帰ろってならないやん。
本でも読んだろかってなるやん。
生花もお焼香も用意されてて
THE手ぶらで行けるんですって!
準備いらず!
法要にも利用できたり
永代使用権で代々受け継いで行けるってよ!
誰が死んでも心配なし!
大きくなった子供達は一人で行けるだろうし
たまに家族で行事的に行ってもいいし
それも、島根よりは格段に会いに行ける。
『お父さんと話しに行く』特別な空間。
そういうものがあってもいいのではなかろうか。
墓は持たないと決めていたけども
もし、子供達が死んだら…?
私が死んだら?
やっぱりお骨だけでも一緒にしたいと願うんじゃないだろうか。
同じ場所にいたいと。
そして、いつでも来れる特別な場所が欲しいと。
いずれ誰も来なくなっても
永代供養付きなのでなんの心配もしなくてもいい
ただそこに一緒にいてくれたらいい。
墓を持つなら拓けた場所
空、出来れば海の見える
空気の綺麗な場所と思っていたけども
色々な向き合い方がある中で
こういう墓もいいのじゃないだろうか。
というかむしろ割といいな…と思った次第です。
いざ持つとなったら考えることは沢山あります。
今はまだ故郷のご両親のそばがいいと思う。
いずれこちらに引き取った時にどういう問題が起こるのか
故郷で墓参りをしてくれている人たちはどう思うのか
納骨堂という選択をどう捉えられるのか
東京大地震が来たらどうなるのか
私が再婚したら…
まだわからない。
でも1つ選択肢に入りました。
いずれちゃんと向き合えた時に
手を合わせられるようになった時に(まだ合わせてない)
特別な場所が欲しくなるかもしれないと。
そしてそれは
従来の型に囚われず
自由で、心地の良い選択をしようと。
というか…
空間が素敵…ドアマンいるってよ。
朝8時〜夜9時まで開いてるってよ。
普通の墓なんて夜9時に絶対行きたないわ
家とは違う、でももう1つの居場所のような
そんな場所があってもいいんじゃないかって思う。
絶対ない!と結構保守的なまーくんも
私の強引さに連れて行ったら、意外と乗り気で
話が弾みそうだなこりゃ。
利用するとしてももう少し先の話だけど
まぁ、その時は定員いっぱいかもしれないけど
一度見学に行ってみようかしら。
↓遺骨ってなんなんでしょうね
****************
<書籍発売中>『旦那が突然死にました。』
●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら
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まーくんの墓は
故郷の島根で、海の見える高台の
素敵な場所で、彼のご両親が見てくださっています。
コロナが始まったことにもより
私が墓参りをしたのは2年前。
そもそも墓なんてものには興味はなく
葬儀社の人にも
「まだ若いのだから(これからご縁があるかもだから)抱える必要はない」
そう言われました。
墓になんてまーくんはいないし
遺骨は分骨して
少しだけ手元にあります。
別に墓を持つつもりはなかったけども
ふと思ったんです。
ご高齢のご両親…
もしこの世を去ったら
誰が墓をみるのか?
まだ近い距離にいる
まーくんのお兄ちゃんがみるだろうけども
お兄がいなくなったら?誰が?
そのまま?
放置?
草ぼーぼーで
誰も来ることもなく?
でもこちらに引き取ったとて
今更東京の窮屈な場所へ押し込む?
それはまーくんは嬉しいのだろうか?
そんな中で
こんなものを知りました。
サイトで紹介しては?と紹介されたものだったのですが
いわゆる建物内での納骨
遺骨のマンション
う〜ん。なんだかなぁ。
そういう印象だったのですが
ちょっと詳しく見てみたら
割と前のめりになってしまいました。
…ええやん。
機械的で窮屈で、そんな事務的な墓参りに
なんの趣があるのか?
と思って敬遠していましたが
墓なんて放っておけば
草ぼーぼー
花を持って行ったとて
枯れるんです。
そんないつもいつも通えることもなく
(少なくとも私はマメじゃないので…)
冬は寒いし、夏は暑い。
墓は大体ちょっぴり立地の悪いところにあって行くのも大変。
ただこの『了聞』は…
素敵やん。趣しかないやん。
冬は寒くて夏は暑い、固く暗く、かつ誰も世話をしてくれなくなった時
一人で遠方で押し込めておくより
建物内という、ヌクヌク環境で
それも広尾というお洒落立地で
私も行きやすいところにいてくれたら…
行きやすいやん。
広尾素敵やん。
帰りにランチでもしちゃうやん。
長居しても寒くもなく暑くもなく快適やん。
帰ろ帰ろってならないやん。
本でも読んだろかってなるやん。
生花もお焼香も用意されてて
THE手ぶらで行けるんですって!
準備いらず!
法要にも利用できたり
永代使用権で代々受け継いで行けるってよ!
誰が死んでも心配なし!
大きくなった子供達は一人で行けるだろうし
たまに家族で行事的に行ってもいいし
それも、島根よりは格段に会いに行ける。
『お父さんと話しに行く』特別な空間。
そういうものがあってもいいのではなかろうか。
墓は持たないと決めていたけども
もし、子供達が死んだら…?
私が死んだら?
やっぱりお骨だけでも一緒にしたいと願うんじゃないだろうか。
同じ場所にいたいと。
そして、いつでも来れる特別な場所が欲しいと。
いずれ誰も来なくなっても
永代供養付きなのでなんの心配もしなくてもいい
ただそこに一緒にいてくれたらいい。
墓を持つなら拓けた場所
空、出来れば海の見える
空気の綺麗な場所と思っていたけども
色々な向き合い方がある中で
こういう墓もいいのじゃないだろうか。
というかむしろ割といいな…と思った次第です。
いざ持つとなったら考えることは沢山あります。
今はまだ故郷のご両親のそばがいいと思う。
いずれこちらに引き取った時にどういう問題が起こるのか
故郷で墓参りをしてくれている人たちはどう思うのか
納骨堂という選択をどう捉えられるのか
東京大地震が来たらどうなるのか
私が再婚したら…
まだわからない。
でも1つ選択肢に入りました。
いずれちゃんと向き合えた時に
手を合わせられるようになった時に(まだ合わせてない)
特別な場所が欲しくなるかもしれないと。
そしてそれは
従来の型に囚われず
自由で、心地の良い選択をしようと。
というか…
空間が素敵…ドアマンいるってよ。
朝8時〜夜9時まで開いてるってよ。
普通の墓なんて夜9時に絶対行きたないわ
家とは違う、でももう1つの居場所のような
そんな場所があってもいいんじゃないかって思う。
絶対ない!と結構保守的なまーくんも
私の強引さに連れて行ったら、意外と乗り気で
話が弾みそうだなこりゃ。
利用するとしてももう少し先の話だけど
まぁ、その時は定員いっぱいかもしれないけど
一度見学に行ってみようかしら。
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