夢の国に行く前日。(『夢の国』)
遊びに来ていた姪ちゃんを車で駅まで送り
その帰り道の車中
突然けーくんが
「お父さんはお客さん?」と聞いてきました。
ウチは人の出入りが割とあり、
私の友人も、親族も、全員お客さんとしています。
「今日はお客さん来る?」「今日はお客さんいる?」がけーくんの口癖
姪ちゃんもお客さん。
いつも一緒にいる人(私、しーちゃん、けーくん)以外はお客さんという認識でしょう。
だから記憶にはあるけども、一緒にいない人。
お父さんもお客さんという部類なのだと思ったのでしょう。
それがとても切なかった。

「お父さんはね。
一緒に住んで、一緒にご飯食べて。一緒に遊んでいたんだよ。
お母さんの大好きだった人。
もう見えないけど、ずっと一緒にいるんだよ」
そう言うと、前は何も言わなかったのに「見えないよぉ!」と言う様になりました。
家に着いて、明日行く場所の話をしていると
「お父さんのいる場所?」と聞いてきます。
お父さんのいる場所ではないんだけどね。すごく楽しい場所だよと言うと。
「お父さんここに(ウチに)来たらいいんじゃない?」と言いました。
けーくんは父親という存在。父親がいたこと。そしていなくなってしまったこと。
分かっているんだか分かっていないんだかを行ったり来たり。
私がどんなに、強く生きて欲しいと願っても
『死』という事に悲観せずにいて欲しいと願っても
でもいつか、きっとぶち当たる時が来る。
お父さんがいないこと。お父さんが死んでしまった事。
寂しさや悲しさや羨ましさに心を痛める日が。
どんなに私が「死んだことは悲しいことじゃない。大丈夫だよ」と言ったところで
それを回避することはできないのかもしれない。
そう思うなっていう方が無理なのかもしれない。
久しぶりに心がえぐられる。
私には何もできない。
幸せに生きていってほしいのに
そうしてあげることができない。
けーくんの心を思い
もし生きてたらの親子の姿を想像し
久しぶりに暗がりの布団の中で泣きました。
このままでは負のスパイラルだと分かっているから
何とか立て直そうと解決策を思案する。
私には何もできない。
私には何もしてあげることができない。
私には何も…
そうだ。私には何もできないんだ。
お父さんがいないことで傷つき心痛めるのはけーくん。私ではない。
別の道を歩いているのだから。(『別れている夫婦という道』)
どんなにあがいたって、代わってあげたいと思ったって代わることはできない。
それは彼の課題だから。
けーくんの人生に降りかかる幾多の苦難を全部取り除くことはできない。
出来るだけ辛い思いをして欲しくないと親心が顔を出すけども
それに立ち向かうのが大事なことなのではなかろうか。
彼が直面する困難を取り除くことができなかったと苦悩するのは違うのかもしれない。
見守るしかない。
私に出来るのは彼の悲しみや寂しさを排除することではなく
楽しい経験や幸せな気持ちを増やすことなのではないのかな。
そう思いました。
これなら出来る。明日はちょうど夢の国。
悲しさや寂しさはきっと大事なこと。
他の子より多く経験する分きっと素敵な大人になる。
それでも、それ以上の楽しい経験が
負の感情に負けない、陽の感情を作っていくのでしょう。
寝ているけーくんに「頑張れよ」とエールを送りました。
ずっと見ているから。
どうしても辛くて戻って来た時はギュッと抱きしめてあげるから。

ひとまずは、お父さんの事を忘れて明日は目一杯楽しもうぜ!
そして『夢の国』へ。
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クリックしてもらえるとランキングが上がっちゃって
更新と生きる励みになります。
↓更新すると通知が届きますよ。


サイドブログを立ち上げております。
癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
遊びに来ていた姪ちゃんを車で駅まで送り
その帰り道の車中
突然けーくんが
「お父さんはお客さん?」と聞いてきました。
ウチは人の出入りが割とあり、
私の友人も、親族も、全員お客さんとしています。
「今日はお客さん来る?」「今日はお客さんいる?」がけーくんの口癖
姪ちゃんもお客さん。
いつも一緒にいる人(私、しーちゃん、けーくん)以外はお客さんという認識でしょう。
だから記憶にはあるけども、一緒にいない人。
お父さんもお客さんという部類なのだと思ったのでしょう。
それがとても切なかった。

「お父さんはね。
一緒に住んで、一緒にご飯食べて。一緒に遊んでいたんだよ。
お母さんの大好きだった人。
もう見えないけど、ずっと一緒にいるんだよ」
そう言うと、前は何も言わなかったのに「見えないよぉ!」と言う様になりました。
家に着いて、明日行く場所の話をしていると
「お父さんのいる場所?」と聞いてきます。
お父さんのいる場所ではないんだけどね。すごく楽しい場所だよと言うと。
「お父さんここに(ウチに)来たらいいんじゃない?」と言いました。
けーくんは父親という存在。父親がいたこと。そしていなくなってしまったこと。
分かっているんだか分かっていないんだかを行ったり来たり。
私がどんなに、強く生きて欲しいと願っても
『死』という事に悲観せずにいて欲しいと願っても
でもいつか、きっとぶち当たる時が来る。
お父さんがいないこと。お父さんが死んでしまった事。
寂しさや悲しさや羨ましさに心を痛める日が。
どんなに私が「死んだことは悲しいことじゃない。大丈夫だよ」と言ったところで
それを回避することはできないのかもしれない。
そう思うなっていう方が無理なのかもしれない。
久しぶりに心がえぐられる。
私には何もできない。
幸せに生きていってほしいのに
そうしてあげることができない。
けーくんの心を思い
もし生きてたらの親子の姿を想像し
久しぶりに暗がりの布団の中で泣きました。
このままでは負のスパイラルだと分かっているから
何とか立て直そうと解決策を思案する。
私には何もできない。
私には何もしてあげることができない。
私には何も…
そうだ。私には何もできないんだ。
お父さんがいないことで傷つき心痛めるのはけーくん。私ではない。
別の道を歩いているのだから。(『別れている夫婦という道』)
どんなにあがいたって、代わってあげたいと思ったって代わることはできない。
それは彼の課題だから。
けーくんの人生に降りかかる幾多の苦難を全部取り除くことはできない。
出来るだけ辛い思いをして欲しくないと親心が顔を出すけども
それに立ち向かうのが大事なことなのではなかろうか。
彼が直面する困難を取り除くことができなかったと苦悩するのは違うのかもしれない。
見守るしかない。
私に出来るのは彼の悲しみや寂しさを排除することではなく
楽しい経験や幸せな気持ちを増やすことなのではないのかな。
そう思いました。
これなら出来る。明日はちょうど夢の国。
悲しさや寂しさはきっと大事なこと。
他の子より多く経験する分きっと素敵な大人になる。
それでも、それ以上の楽しい経験が
負の感情に負けない、陽の感情を作っていくのでしょう。
寝ているけーくんに「頑張れよ」とエールを送りました。
ずっと見ているから。
どうしても辛くて戻って来た時はギュッと抱きしめてあげるから。

ひとまずは、お父さんの事を忘れて明日は目一杯楽しもうぜ!
そして『夢の国』へ。
応援をどうぞ!さあ!
ランキングに参加しています。
クリックしてもらえるとランキングが上がっちゃって
更新と生きる励みになります。

↓更新すると通知が届きますよ。



『せせらぎ通信』はいかが?
サイドブログを立ち上げております。
癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
コメント
コメント一覧 (6)
いつでもどんな時でもドッシリと構えていてあげることができる。受け止めてもらえる。そんな存在になりたいですね。運命も宿命も個人のもの。こちらがどうにもすることができない。同じく自分の運命も自分のもの。自分でどうにかするしかないですね。打たれてもくじけない、しなやかで強い心を作ってあげられるよう日々模索です。
自分の子供がいつか悲しんだり苦しむのがわかるのに、代わってあげられないのは辛すぎます。
でも、必ず通る道。避けられません…。
そして、うちは、夫の持病が子供に遺伝してる可能性が高いので…。そこも乗り越えてもらわないとなりません(涙)。父親と同じように突然死ぬかもしれないことをどう受け止めるだろうか…。
その時にならないとなぁと思いつつ、不安は無くなりません。
まずは、きちんと伝えられる自分でいなければ!とふんどしを締め直します。
塗り薬から、飲み薬から、貼り薬から薬漬けにしてやりますよ!こっちがオタオタせずにドンとデンと構えていることが、安心に繋がるのかもしれませんね。
何があっても味方が1人いる。帰るところがある。というのが一番大事かもしれない。2人(両親)いなきゃいけないなんてことないですもんね。1人いればよいのさ!そう思って楽しく寄り添っていこうと思います。
確かに、子供の頃って学校が全てで、常にパンパンで全力投球でしたね。(10分休み必死に遊ぶとか!10分て!!)
旦那がいなくなったのをいいことに、スゴすぎるパパを築きましょう。実際には背中は見せて貰えなかったんだから、全部パパに背負わせて、勉強できた、運動できた、優しかった、努力してた…と超人にして目指してもらいましょう。
でも、どれだけ思っても子どもの悲しみを拭い去る事は出来ません。そもそも私なんかに拭い去られるようなものでは無いんだと思うようにしています。自分がどうにかしてやれるなんてそんな類の事ではないですもんね。
その分、その分になるかも疑問ですが少しでも楽しい事、色んな経験をさせてあげてその中で貴方のお父さんはこんなに素晴らしい人だったんだよと伝えていきたいです。
心が、挫けそうな時に少しでも立ち向かっていけるように、あっお母さんもおるわー!何とかやっていこー!と思ってもらえるように年月をかけて少しづつ…。
けーくんと、しーちゃんも、心が風邪をひくときもあると思いますが、せせらぎさんという最高の薬で寄り添ってあげて下さいね。
ウチみたく 物心ついて パパの事覚えていても、一周忌を過ぎた頃には 「なんかパパと居た頃の事忘れて来ちゃった ( ^∀^) 」と、シレッと言います。
私達 大人と違って、小学校での毎日は沢山の事 勉強して お友達と過ごすので、容量が常に満タンなんでしょうねー パパのことが上書きされて来ちゃってます。
人の記憶は 誰かから聞いた話や写真で見た物から、想像で塗り替わるらしいです。せせらぎBoys も 我が家のBoys も きっとパパはこんな人だったんだろう的な人物像が 彼等の中で作られていくんだろうな…と思います。怒られた記憶とか、おバカなパパの記憶…とかは再現できないから きっと過大評価された美しいパパ が 出来上がってしまいそうですが… 😅