友人と話していて、子供達が父親の死をどう思っているかという話になりました。


たまに話しに出すよー。
わかってるんだか、わかってないんだか。下の子は分かってないよねー。そもそも父親が何かも知らずに育つんだろうなと。


どっちになるかだよね。と友人。

•お父さんは死んだと周りに言える子
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•お父さんが死んだ、いないと言えずに、いるように振る舞う子

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友人は幼少期ただ普通に一緒に遊んでる子に
「〇〇のお父さんは何してるのー?」
と聞いたそうです。その瞬間黙ってしまったその子。
変なのと思って帰ってから母に言うと「その子のお父さん、こないだ亡くなったのよ」と聞かされ、
(しまった!悪いことしちゃった)と思ったそうです。



その話を聞いて、子供達には隠さないで欲しいと思いました。
お父さんが死んだことを隠す子になって欲しくない。
それは、あなたにとってマイナスの恥ずかしい事では決してないのだから。


最近のけーくんの言動から、
私の思考や言動がもろに影響を与えているのが目に見えます。
『まさかの一言』

お父さんがいないことを悲観して育って欲しくない。
ということは、
私がお父さんがいないことを悲観していてはいけない。



「いないけど何か?」
で育って欲しい。


ということは、
「いないけど何か?」
に私がならないといけない。



だから、一周忌まではどこでもかしこでも
泣きたい時は泣こうと決めていましたが
子供達の前では泣くことをやめました。

暗がりで、声を押し殺して、気づかれない様に泣いています。(泣いているんかい!)



隠すような事でもない、恥ずかしいことでもない。
一人っ子と同じような感覚で一人親に向き合って欲しい。
どこにでもある、いろんな形の中で、そういう形の家族なんだと。

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寿命がちょっと短かっただけ、
どの人よりも素敵な人だった。
沢山のものを残してくれた。
卑屈になることもバカにされるようなことでもない。



だから、せせらぎ家では死んだ話はタブーにはしません。
当たり前の日常会話の一つにしたい。
だからもしかしたら、「お空に行っちゃった」とボヤかすのではなく
「死んだんだよ」と状況をちゃんと言うのも大事なのかもしれないな。


『死』はどういうことか、『死』をどう思うか
いつか『死』について話し合うことができたらいいな。


そしたらきっと、人に対して「死ねよ」なんて言う子にはならないから
本当、昔から「死ね」って言う人嫌なんです。
別に身近に死があったわけじゃないけど、どういうつもりで言っているんだろうと不快だった。
そうはなって欲しくないのです。



「死んじゃったね」「仕方ないね」「楽しいから、ま、いっか」「お父さんおはよー」
そう深く思いもせず心を傷めず言っていって欲しいから。
私がそう思うようにならなくてはいけない。
まーくんの死を蔑ろにするということではなく、大切にするからこそ気軽に向き合いたい。
悲しい悲しい本当の気持ちはそっとしまいこんで。


「仕方ないね。楽しいから、ま、いっか!」


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