タイトル通り、大切にしていた遺品を失くしました。
結婚指輪のない私たち。
アクセサリーを送る習慣もなく
まーくんが死んだ後、共にいるようなつもりで
まーくんがいつも髪を結んでいた髪ゴムを腕につけていました。

まーくんを感じられて身につけられる唯一のもの。
それを失くしました。
場所は分かっているんです。某大病院。
私はちょっとした持病があり、年2回ほど検診に通っています。
家から遠いこともあり、お見舞いとか便のいい
まーくんの職場近くの病院へ移ろうかと思っていました。(10年単位くらいで入院するので)
紹介状を書いてもらって安心して、しばらく放置。
したら、まーくんが死んで長らく放置。
もうまーくんの職場の近くにする必要もなくなりました。
前のところも遠いし…どこにしようかと決めかねていました。
でも、いいかげん行かなくてはいけない。
まーくんは自分の体メンテナンスを怠って死にました。
絶賛私も怠り中。自分のこととなるとなかなか危機感湧かないですよねー。
でも、いいかげん行かなくては…
ということで、ひとまず以前にお世話になっていた病院へ。
年2回の検査を2年以上放置していたことに驚かれる先生方。
そして、そこで失くしました。
検査の為、服を脱いだり着たり、脱いだり着たり。
そのどこかのタイミングで落としたのでしょう。
人からしたら汚ったない髪ゴム。
落し物なんかで届くわけもなく…
でも何か、あっさりと諦めがついたんです。
自分でも不思議なくらい。
気がついたのは家に帰ってから、風呂に入ってから。
「え!嘘…」と一瞬焦った後
いったん「まいっか。」と思う。
でも一度探してみるか。と思って探し始めた途端、心がザワザワしてくる。
胸が締め付けられる。涙がこぼれそうになる。

これはいかんと。
固執しようとした途端にネガティブな感情に支配されかける。
「もういいや」と諦めました。
何にでも執着したら良いことなんて一つもない。
「縛られるなよ。(by まーくん)」
って事かなと。ゴムだけに。

軽くなった腕を見て
解放された腕を見て
1人になった寂しさを感じました。

今はまだ、死んだといえど、どこかでまーくんを感じ(感じたい)
常に思い出し
言葉に出し
涙を流す。
ブログをやって、まーくんのことを考えるのもそうだし
旦那さんが死んだ人。という肩書きもまーくんあってのもの。

いつか時が経って
旦那さんが死んだ人という印象も薄れ
私も「まーくん。まーくん。」言わなくなって
子供達もお父さんのいない人生が当たり前になる。
今はまーくんを介した人間関係、まーくんを知っている人たちしかいないけども
徐々に、まーくんを知らない人たちが多くなってくる
その中では、まーくんのお嫁さん、まーくんという旦那さんがいる人ではなく
ただの“せせらぎ”になる。
その時初めて、本当に1人になるのだなと思いました。
寂しいなと思いました。

ま、遺族年金は一生涯もらえるので
まーくんに一生守られて生きていく事を思うと
ある意味、一生1人になることはないんですけどね。
↓『死別再婚率が低い理由!?『遺族年金の制度』

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↓更新すると通知が届きますよ。


サイドブログを立ち上げております。
癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
結婚指輪のない私たち。
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まーくんが死んだ後、共にいるようなつもりで
まーくんがいつも髪を結んでいた髪ゴムを腕につけていました。

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それを失くしました。
場所は分かっているんです。某大病院。
私はちょっとした持病があり、年2回ほど検診に通っています。
家から遠いこともあり、お見舞いとか便のいい
まーくんの職場近くの病院へ移ろうかと思っていました。(10年単位くらいで入院するので)
紹介状を書いてもらって安心して、しばらく放置。
したら、まーくんが死んで長らく放置。
もうまーくんの職場の近くにする必要もなくなりました。
前のところも遠いし…どこにしようかと決めかねていました。
でも、いいかげん行かなくてはいけない。
まーくんは自分の体メンテナンスを怠って死にました。
絶賛私も怠り中。自分のこととなるとなかなか危機感湧かないですよねー。
でも、いいかげん行かなくては…
ということで、ひとまず以前にお世話になっていた病院へ。
年2回の検査を2年以上放置していたことに驚かれる先生方。
そして、そこで失くしました。
検査の為、服を脱いだり着たり、脱いだり着たり。
そのどこかのタイミングで落としたのでしょう。
人からしたら汚ったない髪ゴム。
落し物なんかで届くわけもなく…
でも何か、あっさりと諦めがついたんです。
自分でも不思議なくらい。
気がついたのは家に帰ってから、風呂に入ってから。
「え!嘘…」と一瞬焦った後
いったん「まいっか。」と思う。
でも一度探してみるか。と思って探し始めた途端、心がザワザワしてくる。
胸が締め付けられる。涙がこぼれそうになる。

これはいかんと。
固執しようとした途端にネガティブな感情に支配されかける。
「もういいや」と諦めました。
何にでも執着したら良いことなんて一つもない。
「縛られるなよ。(by まーくん)」
って事かなと。ゴムだけに。

軽くなった腕を見て
解放された腕を見て
1人になった寂しさを感じました。

今はまだ、死んだといえど、どこかでまーくんを感じ(感じたい)
常に思い出し
言葉に出し
涙を流す。
ブログをやって、まーくんのことを考えるのもそうだし
旦那さんが死んだ人。という肩書きもまーくんあってのもの。

いつか時が経って
旦那さんが死んだ人という印象も薄れ
私も「まーくん。まーくん。」言わなくなって
子供達もお父さんのいない人生が当たり前になる。
今はまーくんを介した人間関係、まーくんを知っている人たちしかいないけども
徐々に、まーくんを知らない人たちが多くなってくる
その中では、まーくんのお嫁さん、まーくんという旦那さんがいる人ではなく
ただの“せせらぎ”になる。
その時初めて、本当に1人になるのだなと思いました。
寂しいなと思いました。

ま、遺族年金は一生涯もらえるので
まーくんに一生守られて生きていく事を思うと
ある意味、一生1人になることはないんですけどね。
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文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
コメント
コメント一覧 (2)
そうなんですよね。もはや1人なんですけど、1人じゃないんですよね。もういないんですけど、本当の意味で1人になるのが嫌なんですよね。
ご主人様大工さんなのですね。まーくんもそうですが、街中に彼らの存在を感じるのは、嬉しいことでもあり、ちょっぴり寂しいことでもあり。でも、彼らが生きた証が形として残っているのは本当に良かったね。と思います。彼らの生き様ですね。
旦那様の老人ホーム!いいじゃないですか!大工さんはこっそりサインを書いていたりすると聞いたことがあったり(デマかもですが)、旦那様が感じられるところで過ごせるのは素敵なことですね。まだまだ先で、それまで残っているかしら…。というか老人ホーム高いですよね…貯金!
今日の記事を読んで何故わたしが引越ししたくないのか、やっと理由がわかりました。ただのじゅんになりたくないんだ。
旦那のことを知っている人達、2人での思い出、2人という単位から1人になるのが嫌なんだな。
現実にはここに残れないけど、近いのでちょこちょこ来ようと思います。
うちの旦那の片身はデカイですよ。大工だったので神奈川県内にはたくさんの家や施設があるんです。お金貯めて旦那の建てた老人ホームにでも入ろうかしらん。