死別者のための場所
『せせらぎhouse』を作ろうと
色々思考を巡らせて


気づいたことがあります。



死別者の感覚は
普通の人には分かり得ない。(今更!!笑)



いや、ずっと思ってはいたのですが
改めて納得したんです。


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とんちんかんなアドバイスも
正しい正論も
なんも響かないったらありゃしない。

分かってくれそうな人だと思った人の
ふとした言葉に傷つき
「そういうことじゃない」を何度思ったことか。




私は
公式ブロガーをしていたり
本を出したり
取材を受けたり
割と『死別』を抱えて
表立って世間に対して色々していたので

たまに
「そういうことじゃないんだよな…」と思うことがあります。



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『せせらぎhouse』という特化したコミュニティを
作ろうとした時に改めて思ったんです。


私に対外的に出してほしいとされるものは
もちろん商業的に出されるものなので
『死別者』の私が作るものだけど
向くのは『世間』で求められるものであってほしい。が強いんだなと。

関わってくれる人は、気持ちを汲んでくれるし
私のことを大切にしてくれるけど
向いているのは大多数である『世間』だったのだなと。

逆を言えば、真をついていたとしても
世間にそれは求められてないから、興味を得られなければ要らない。ということ。



でもそれが
この社会だということ。



死別したと言えば可哀想。
しんみりした世界を生きている。
親は悲しまず、強く笑っていなければいけないし
いつまでも悲しんでいたら「いつまでも」と言われ
明るく振舞っていたら「もう」と言われる。


食事ひとつ
睡眠ひとつ
買い物ひとつ取っても
一言では言い表せない感情の中で生きているのに。





人の生死を物事の基準に据えると
捉え方や向き合い方が全然違うものになる。

苦しみも悲しみも切なさも
喜びも幸せも質がまったく変わる。





そしてそれは
私が死別して数多の人と出会って
受けた言動の中で


『実際に愛している人と死別した人』と
『死別してない人』では
全然理解度が違うということ。


私の本にしても
経験者かそうでないかで意見が割れる。
経験している人で悪評を書く人はいないです。
(理解や共感を出来なくても、あなたも辛いとそっとしておいてくれます。)





そして
これまた死別のたちが悪いのは


全員死ぬこの世の中で
『死』は誰にでも訪れて、特別なことではなく
自分の周りの誰かしらは死んでいるから
多少なり悲しみを『理解できる』と思われていること。


当事者になった死別と
対岸から見ただけの死別は
全く別物だということを、みんな知らない。



悪いけど
ペットの死と旦那の死は違うから。
上司の死と愛した人の死は違うから。
離婚と死別の別れは違うから。


でも、一緒くたにされがち。





分かりもしない人からの「分かるよ」の
なんの救いにも助けにもならない言葉の無意味さと腹立たしさ。


特化したコミュニティを作ろうとして
ハッ!と
あぁ、それでいいんだと思いました。


わからない人に
一生懸命に分かってもらおうとしなくていい。
分かってくれる人の中で
無理に作り笑いをせず
自分の心を出したらいいんじゃんって。




せせらぎ教でも死別様でもいいじゃん。(いつか言われたな〜)
それが世間からしたら理解を得られないものでもいいじゃん。
『みんな』に分かってもらわなくていいじゃん。



『みんな』が分からない世界で
私は生きているんだから。


分かる人だけの
世界を作ったらいいんじゃん。


大多数である必要はない。
万人に受ける必要もない。


少なくても分かち合うことができる
同じような人たちが集まる場所であればいいじゃん。



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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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