一つの節目として
書かせていただきます。




現在小学校4年生のけーくんが
療育を終えました。



正確には
療育機関で通っていたある場所を退会しました。






けーくんはADHD&ASDの発達障害っ子で
今も別に
「治りました〜!」とか言うわけではありません。


というか
発達障害は『治る』というものではありません。
特性は特性のまま。




ただ感慨深かったの。



『天真爛漫な困ったちゃん』だったけーくんが

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小四の今も
『天真爛漫な困ったちゃん』でいられたことが。

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…って、変わってねーじゃねーか!!!

と思いつつも

変えないでいられたことが嬉しかったの。



本当どこに出しても
「変わったねー。お兄ちゃんになって〜!」
と言われる小二のしーちゃんに対して


「けーくんは、もぅ〜、変わらないねぇ〜!」
と言われる




自己肯定感の低くなりがちな発達障害っ子を
押し付けず
ねじ伏せず
良いところをそのままでいさせてあげることが
どれだけの忍耐を要することか。




特性はあるけど
困りごとは
今お互いに家庭の中でも学校の中でも無い。

小っちゃいのはいっぱいあるよ?
今の状態のけーくんを
どこかのご家庭に渡したら
「おぅ!大変だぜ!これゃあ!躾がなっとらーん!」となるでしょう。
でも、私は大丈夫なの。

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これ以上療育機関にかかることは
今ない『困りごとを捻出する』作業になるので
今、お互いに困りごとがなければ一旦終了で良いかなと。




これまでのけーくんとの生活を
つらつらとまた描こうと思いますが
節目として記録として
こうして記しておこうと思います。




特性は無くなりはしないけど

私が白目を剥くことも
しーちゃんが我慢ならず泣くことも
私が怒鳴り散らすこともあるけども


私は『関わり方』が分かってきたし
『治る』ものではないので
これからは『療育』ではなく
けーくん自身の『経験』と『学び』で
治らない『特性』と上手く付き合っていくことが大事だなと。




これから先
“何か問題が起こるかもしれない”
未来への不安は

発達障害があるからではなく
『子供』としてどの親も持っているものだと思う。

特別な『療育』が必要ではないと
判断するに至りました。

私の忍耐は継続ですけどね!


ま、ちょっとやそっとのことじゃ
もう動じませんけどね。

ストレスの逃し方もだいぶ上手くなったもんですよ。

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けーくんの言語遅延から始まり
年少から療育を始め
6年弱

けーくんの療育は
まーくんが死んだ翌月から始まったので

ずっと一人で向き合ってきた
発達障害児育児


大切な人が死んで
私が押しつぶされそうな現状の中
子供たちを押しつぶさずにいられたこと




一人で必死に自転車を漕ぎ
温かい小さな手を繋ぎ
二人で泣きながら抱きしめ合った日々


なんていうか

一番きつくて
一番大切な
幼児療育の時期をよく頑張った!と
褒めてあげたい気持ちになりました。


『良い母親』だったとは決して言いませんよ?
泣いて喚いて怒って
けーくんのことが嫌いだった時もあります。
どうしようもない感情と一緒に
必死にやってきました。





『療育は早く始めた方がいい』

本当にそう思います。



まだ幼児の1歳2歳から焦ることは無いと思う。

けど
小学校低学年のうちに必要であれば始めた方がいい。

うちの子が障害なんて…と
まごまごせずに、困りごとがあったら始めた方がいい。



それは療育機関でも言われたけど


「大きくなると
自我が出て、恥ずかしさが出て
自分を守ろうと周りに助けを求めなくなる」



けーくんは
とても上手に「助けてください!」が言えます。

困ったら助けてもらえばいいこと
自分は我慢が出来ず、すぐに忘れちゃうこと
失敗したら、そこからどうすればいいか考えること
いろんな子がいて、それでいいこと。


小さい頃から
繰り返し繰り返し伝え
私もびっくりするくらい『理解』しています。


自分のやってしまった失敗に泣いたりしますが
自分の特性をそこまで悲観していません。



私のことも
しーちゃん(弟)のことも
自分のことも大好きです。



これからどうなるかなんて
どうでもいいの。

今、そうあれることが嬉しい。





そう関われてきたこと
これからも
『天真爛漫な困ったちゃん』でいてくれたら良いなと思えること。
(まじ本当、忍耐だけど!!!口から魂出そうだけど!!)


「お疲れ様、よくやった」(私が)
そんな気持ちで療育塾を退会しました。


まだ、いろいろな関係で在籍はしているし
通級も通っているけども

気持ち的には『療育はおしまい』です。






まーくんが死んでもうすぐ6年。
色々な、そりゃもう色々な出来事と感情を経て
肝が座りまくった。

療育を終えることも、発達障害っ子をこれからも育てることも
ある種、肝が座っているのかもしれません。

動じない。
なんとも思わない。
何が起こっても平気。





その一つに
何もわからない『不安』が無いからだと思います。

発達障害児を育てている方のオープンチャット を開いていて
何があった時にどうしたらいいか。
昔はこうだけど、こういう風になった。

事例や見通しが立てて
どうなっても、何とかなる。と思うことが出来る。

なんで開こうと思ったか忘れちゃったけど(おい!)
本当開いて良かったと思う場です。


この状況がどうかわからない
相談する相手がいない
この先が不安すぎる
それを解消出来たのは大きい。






誰よりも何よりも大事なのは

『私が心健やかでいること』

それを知っているから、何とかなる!




療育は終わったけど(舞い戻らなければね!)
子育てはまだまだ残ってる
それでも、あと10年。

たったの10年。



苦しくても泣いても
困難に負けそうになっても

振り返った時に
あぁ『大変で素敵な時間だったな』と
そう思えたらいいなと思っています。


そう思えるように
この日々を抱きしめていこう。

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↓発達障害児育児のオープンチャット 




↓今に至るまでの道のりをぜーーんぶ残してる
お暇があったら是非に…(約6年分!2000記事!)



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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら


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