大好きだった旦那様のまーくんが
突然死んで5年ちょっと
死別の心の区切りを
備忘録的に残しておこうと思います。
誰かの見通しになることもあるかもしれない。
5年も経つと
要所要所に気持ちの変化が起こるタイミングがあって
それって
結構みんな同じタイミングなような気がします。
もちろん、人にも性格にもよるけれど
多くの人の話を聞いてきた限り
なんとなく変化が起こるタイミングって重なっているなと
今もし、先が見えなくて
暗闇に放り込まれたばかりの方の
何かの参考にもなればと思い残しておきます。
【死別後3ヶ月】
衝撃的な絶望に見舞われて生きる中
ふと現実を見始めるタイミング
「何かをしなくちゃ」「これからどうしよう」
そんな風に現実に目が向き始める。
ふと『これから』を考えはじまます。
手続的なものが落ち着き始めるからかもしれませんね。
【6ヶ月】
毎日泣いていたのに、ふと泣かない日が出てくる。
『いない生活』というものに否応なく少し慣れたのかも。
あぁ、私笑ってるなと思い始めたのもこの頃かな。
【1年】
絶望的な一年を過ごした。過ごしてこれた。
という経験値を感じ、自分の力になる。
一年という時間を超えたというのは限りなく自分の力になる。
まぁ、まだまだ辛いけど…
頑張りすぎた方がプッツリと糸が切れるように
なるのも一年過ぎた辺りで多いかな。
仕事を辞めたとか
精神を崩したとか
だから、この地獄の一年の過ごし方が大事なのだろうと。
↓まーくんが死んで4ヶ月で立てた未来の計画
↓全てはここから始まった
********************
****************
<書籍発売中>『旦那が突然死にました。』
●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら
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突然死んで5年ちょっと
死別の心の区切りを
備忘録的に残しておこうと思います。
誰かの見通しになることもあるかもしれない。
5年も経つと
要所要所に気持ちの変化が起こるタイミングがあって
それって
結構みんな同じタイミングなような気がします。
もちろん、人にも性格にもよるけれど
多くの人の話を聞いてきた限り
なんとなく変化が起こるタイミングって重なっているなと
今もし、先が見えなくて
暗闇に放り込まれたばかりの方の
何かの参考にもなればと思い残しておきます。
【死別後3ヶ月】
衝撃的な絶望に見舞われて生きる中
ふと現実を見始めるタイミング
「何かをしなくちゃ」「これからどうしよう」
そんな風に現実に目が向き始める。
ふと『これから』を考えはじまます。
手続的なものが落ち着き始めるからかもしれませんね。
【6ヶ月】
毎日泣いていたのに、ふと泣かない日が出てくる。
『いない生活』というものに否応なく少し慣れたのかも。
あぁ、私笑ってるなと思い始めたのもこの頃かな。
【1年】
絶望的な一年を過ごした。過ごしてこれた。
という経験値を感じ、自分の力になる。
一年という時間を超えたというのは限りなく自分の力になる。
まぁ、まだまだ辛いけど…
頑張りすぎた方がプッツリと糸が切れるように
なるのも一年過ぎた辺りで多いかな。
仕事を辞めたとか
精神を崩したとか
だから、この地獄の一年の過ごし方が大事なのだろうと。
【3年】
「三年経ってやっと
少しまともに振り返ることができるようになれた」
そう言う方が多いです。
私もそうかも。辛さはなくなりはしないけど
少し「あの頃の辛さ」を振り返って見れるようになったかも。
本の出版をしたのもこの時。
【5年】
今、私はここです。
でも悲しみ方の質が変わったと思う。
心がもげそうで、どうしようもなくて
息が出来ない。そんな悲しみから
暗い暗い海の底でも、その中で泳げるようになった。
吸えない空気をゆっくり吸って
また来るであろう浮上するタイミングを待つ。
浮き沈みを繰り返してきた5年が
自分に泳ぎ方を教えてくれた気がします。
耐えられない苦しみから、耐えられる苦しみへ。
もちろん
辛さはズーーーーーっとあります。
5年経った今も、嗚咽垂らしてすぐに泣き喚くことも可能です。
でも、そうならない術も手に入れてきた。
この5年、いろんなことと心境があったけども
明記した、それぞれの時間のタイミングで
グッと前へ気持ちが進んだ時期な気がする。
ここからは未来予想図的に
【7年】
流れ的に
あと2年後にもう一つ前へいくタイミングが来るだろうなと。
【10年】
10年という大きな時間の区切りとして
きっと大きな気持ちの変化があるのだろうと思っています。
↑昔に10年後の予想を立てた時に描いたもの
まーくんが死んだあの頃
突然に放り込まれた世界で
本当に何が起こるのか、どうなっていくのか分からなくて
育児書みたく
何ヶ月で首がすわって
一年後にはどうなっている
そんな指針はなくて…
もちろん、人によって状況によってで
全然違うけども
暗くて苦しくて、どうなるのか生きていけるのか分からない。
そう思うけども
そんな日々を1日1日過ごしていくと
ふっと何かが変わる時が出てくる。
片付けられなかった荷物を片付けようと思えたり
もう二度と笑えないと思っていたのに、笑っていることに気付いたり
イヤでも時間は進むから
あの頃のままでは
いたくてもいられないから
時期を書きはしたけども
そんなものは気にしなくていいから
でも、いつかそんな時も来るのかもしれないと
ただ
自分を慈しんで大切にして過ごして欲しい。
私は一貫して、今も
何よりも誰よりも子供たちよりも
自分を最優先に考えてきました。
それで良かったと思ってる。
だから
折れなかったのだと思っています。
長い長い死別の旅路
一生付き合っていくのは
友人でも家族でも子供でもない
自分自身です。
何度か心が前を向くタイミングを経験してきて
きっとこれからも、そういうタイミングが来るだろうと
その時に自分が自分の力になっていられるように
自分のことを好きでいられるように
何よりも自分を愛して
慰めて慈しんでやっていきましょうよ。
「三年経ってやっと
少しまともに振り返ることができるようになれた」
そう言う方が多いです。
私もそうかも。辛さはなくなりはしないけど
少し「あの頃の辛さ」を振り返って見れるようになったかも。
本の出版をしたのもこの時。
【5年】
今、私はここです。
でも悲しみ方の質が変わったと思う。
心がもげそうで、どうしようもなくて
息が出来ない。そんな悲しみから
暗い暗い海の底でも、その中で泳げるようになった。
吸えない空気をゆっくり吸って
また来るであろう浮上するタイミングを待つ。
浮き沈みを繰り返してきた5年が
自分に泳ぎ方を教えてくれた気がします。
耐えられない苦しみから、耐えられる苦しみへ。
もちろん
辛さはズーーーーーっとあります。
5年経った今も、嗚咽垂らしてすぐに泣き喚くことも可能です。
でも、そうならない術も手に入れてきた。
この5年、いろんなことと心境があったけども
明記した、それぞれの時間のタイミングで
グッと前へ気持ちが進んだ時期な気がする。
ここからは未来予想図的に
【7年】
流れ的に
あと2年後にもう一つ前へいくタイミングが来るだろうなと。
【10年】
10年という大きな時間の区切りとして
きっと大きな気持ちの変化があるのだろうと思っています。
↑昔に10年後の予想を立てた時に描いたもの
まーくんが死んだあの頃
突然に放り込まれた世界で
本当に何が起こるのか、どうなっていくのか分からなくて
育児書みたく
何ヶ月で首がすわって
一年後にはどうなっている
そんな指針はなくて…
もちろん、人によって状況によってで
全然違うけども
暗くて苦しくて、どうなるのか生きていけるのか分からない。
そう思うけども
そんな日々を1日1日過ごしていくと
ふっと何かが変わる時が出てくる。
片付けられなかった荷物を片付けようと思えたり
もう二度と笑えないと思っていたのに、笑っていることに気付いたり
イヤでも時間は進むから
あの頃のままでは
いたくてもいられないから
時期を書きはしたけども
そんなものは気にしなくていいから
でも、いつかそんな時も来るのかもしれないと
ただ
自分を慈しんで大切にして過ごして欲しい。
私は一貫して、今も
何よりも誰よりも子供たちよりも
自分を最優先に考えてきました。
それで良かったと思ってる。
だから
折れなかったのだと思っています。
長い長い死別の旅路
一生付き合っていくのは
友人でも家族でも子供でもない
自分自身です。
何度か心が前を向くタイミングを経験してきて
きっとこれからも、そういうタイミングが来るだろうと
その時に自分が自分の力になっていられるように
自分のことを好きでいられるように
何よりも自分を愛して
慰めて慈しんでやっていきましょうよ。
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みなさんの死別経験を漫画にしています。
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↓今はヒロミさんの話連載中です。
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コメント
コメント一覧 (5)
境遇は全く違いますが、私は父を早くに亡くし
それを受け入れるまで約10年かかりました。
母に姉に反抗し家出同然でその日暮らしの10代20代前半でした。
悲しくて寂しくて住所無記名で届くはずのない手紙を何度もポストに入れたこともあります。
たくさんの経験をし、最終的に自分で落とし込めたのは『父が早くに他界した意味』を自分なりに考え、納得した時でした。
今も生きていたら…と考える日もあります。
年老いた父を見たい日もあります。
でも父は死を持って『家族の大切さ』『今ある環境が当たり前ではない事』を教えてくれたのだと。
その考えが私には合っていて今は
『お父さんありがとう』と墓前で言えます。
人生のパートナーを亡くした状況とは違いますが、大変ながら前を向いて進んでいる姿にエールを送りたくコメントしました。
陰ながら応援しています!
せせらぎ
がしました
まぁ、最初の一年間は、
精神と時の部屋にいたような感じがしました。
あの1年は、10年位の感じがしました。
せせらぎさんの7年後に良い事があると良いですね。
まぁ、あるんだろうな。
で、お祝いをしましょう。
せせらぎさんの奢りで! 笑
せせらぎ
がしました