人はそうは見えなくても
見えないところで事情があったり頑張ったり
それでもうまくいかなくて悩んだり
必死に生きているのだと
まーくんが突然死んで身をもって知りました。




最近自分で自転車を乗っていくけーくん(7歳)

大分ふらつかず乗れるようになって来た。
私はその後を追いかけるように走っています。


いつもの様に走っていて
しーちゃんがグズったので、いつもより距離が開いていた時
信号のある場所で
赤信号だから止まったけーくん。


その先を
訝しげにけーくんを見ながら横を通るおばさん。

あぁ…危ないなぁ。迷惑だと思われたんだろうな。
と側に寄っていくと


「あなたお母さん?」


と怪訝そうに声をかけられて


「危ないから」

と明らかに不快な態度をぶつけて来て







「ちゃんと指導してください」 







という言葉に我ながら大人げなくカッチーンと来てしまいました…



そう。
これがいつだか私の心を削った
通りすがりの人をクソババァと思ったエピソード…


そりゃあ、多少前に出ていたのかもしれない
それでも猛スピードで突っ込んで行って
ぶつかったわけでも
交差点に出てパッパーとクラクション鳴らされたわけでもなく

普通に走って行って
赤信号だからと止まったら
おばさんの進行方向と重なって
ぶつかりそうになったというだけの話

普通にそういうことあるよね。
大人だって。

あ、危ない。ごめんなさい。
という話ではないのだろうか。
「危ないから気をつけてね」で済む話ではないだろうか。

それを「指導してください」に何かがプッツンてしまった…



どれだけ心砕いて
いつも目を見張って
迷惑にならないように
邪魔にならないように
声をかけているか



指導しとるわ!!!!
知りもしないくせに!



どれだけ疲弊して
起きるかもしれない出来事を考え(人一倍)
出来るだけ声をかけ
それでも、けーくんの成長を考えて
日々物事に対峙していることか


それをまるで何も教えてないかのように…
何も知らないくせに!!!!
なっんにも知らないくせに!!!!




「赤信号で止まりましたけど…」と静かに食らいついた私に

「ぶつかりそうになったんだから!
うるさいおばさんと思ってるだろうけど!」とギャーギャー言われて

「ぶつかりそうになったんなら、ごめんなさい言わないとね」とけーくんに言い

キーキーしているおばさんに
もうこれは言ったって仕方ないと
悪いのはやっぱりこちらだから
「…はぁ…すみませんでした…」と思春期男子のような気のない謝罪をしてしまいました。



いや、悪いよ?
ぶつかりそうになったけーくんが悪いよ?
どれだけ大したことなく見えても危ないと思われたんなら
こちらが悪いよ?
 

でも
その一瞬だけ切り取って
あたかも全部がそうかのように
何も考えず自分の不快をぶつけてくるだけのおばさんに腹が立ってしまった…


…っんのクソババァ!!! 

と心の中で叫び リアルに「ババァめ…」と大分行ってから呟き
これがこれでこうで腹が立った…と心配そうにしている子供達に説明。

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細い道を通る時や人の近くを通る時に「すみません」と声をかけ
歩道を出る時は「出るよー」と声をかけてくれるけーくん
気を配ってないわけじゃない。


子供だもの完璧じゃない。
出来ないこともあるかもしれない。
出来てない時もあるかもしれない。

それでも、あんな言い方しなくたって良いじゃないか!




って話をブログに書こうと思ってるんだよねーと言うと
「やめとけ。炎上する。」と止められる。

わかってる。(そしてやめない。笑)

一つの出来事をとって
我が子は悪くない!そんなことで怒るなんてあなたが悪い!
なんてまるでモンペじゃない。(モンペだろ)
モンペだと思われる。(いや、モンペだろ)


知ってるよね?
モンスターペアレント。


“もんぺ”じゃないよ。

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でも知ってるの
どこでもかしこでも
大して知りもしない人が
一部だけ見て、至らない想像力と自分だけの正義で
あたかも自分が崇高な人間かの様に
他人を攻撃してくるってことを。

その浅はかさを。

まーくんが死んで、嫌という程知った。

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物事は書き方、言い方一つってことも知らずに
“私が、ぶつかりかけもせずに、ただ走ってたら言われた”
と書けば(嘘)自分を守りながらババァのことを言える。(まだババァ言う…)

それが出来るのにしない。
そういう選択が出来るってことにも気づかない。

そして、その人たちの言葉って
尖ってはいるけども
傷つくに値しないものだってことも知ってます。




言いたいことを言う時の言い方。伝え方。

厳しい言葉をそっと渡してくれる人もいる。
出来てない自分を慰めてくれる人もいる。
そして
不快な感情だけを押し付けてくる人もいる。

いろんな人がいる。


あのおばさんが言っていたことは間違いではないです。
ただ私は彼女と仲良くなれないだけ。

なれない価値観をお互いに持っているだけ。

 
ただそれだけの話。

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誰の感情も排除して
出来事だけ見たら、台詞だけ読んだら
私は立派なモンスターペアレントです。


それでも


お母さんはけーくんちゃんと出来てたんだと思うんだよ。
ぶつかりそうになった時に「ごめんなさい」は言わないといけないけれど
何もあんな言い方しなくたっていいじゃないね。
けーくんは悪くはないよ。もう少し気をつけようね。

とだけ言って、明らかに自分側についている母親に
何かを考えている瞳をしていました。

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その後けーくんは
「走る時は左側だよね」
「道路出る時はゆっくりね」
こちらが言わずとも自ら復唱していて

自分なりに何かを受け取ったんだなと感じました。


子供なりに気をつけようとしてるのに
それをあんのクソバ……あ、うん。もういいね。




私は結構「あれしない」「これしない」を言わないので
子供が道を走って行ったり
子供たちだけでポストに行かせたり

ちゃんと白線の中を歩いていても
信号で止まっていても
きっと『危ないだろ』『親が見とけ』って思われていることもあるんだろうな。

それでもずっと過保護に手を繋いでいないのは
『死ぬ時は死ぬ』って変な腹の括り方をしているからなんだろうな…
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↓あるがままに。思うがままに。

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※コメント返信お休みしてます。  

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本を発売しました。
まーくんが死んでからのことを
綴った3年間の愛と人生の記録。


旦那が突然死にました。
せせらぎ
エムディエヌコーポレーション
2020-08-24


サンプル(どどーんと一章分、配信しています)
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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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