紹介を受けて話したスピリチュアルな方
とても凄い方のようで
各所から凄い人が会いに来る方のようです。



聞きたいことは明確に聞かないと
そう教えられて

それぞれの聞きたい人の生年月日と
写真と質問を携えて行ってきました。





結果



泣きました。






けど


号泣ではなく
まーくんを想うとホロリと流れ落ちる涙。


今は晴れやかな気持ちで
一人で寿司(1.5人前)を食べています。

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彼女が本当に見える方なのかは
私にはわかりません。
(だって私には見えないから)

それでも話しやすくて
居心地が良くて

そこで
見えたものを教えてくれました。




まーくんは今も天に召されず
とどまってるようです。

死んだ当初
突然過ぎて
やりたいこと、やり残したことが沢山あって
考え込んでいたと。


子供達に伝えたい事
私に伝えたい事を聞くと



子供達とは親子酒を酌み交わしたかったと。
(きっと本当に楽しみにしてた)


けーくんには
「お母さんと弟を頼む。
それでも重荷にすることなく
自由に生きていけ」


しーちゃんには
「ただ申し訳ない。
やってあげたことが何もない。
思い出の一つも作ってあげられなかった
本当に、本当にごめん。」


私には
「子供達のことを何とか頼む。」
というような事ではなく
「ただ『楽しく生きていけ』」
そう言っているそうです。




私のあまりの気の巡りの良さを話すと


普通の人は
道が一本あって
その先が広がっていくような形だけど

私は、その時点(まーくん死亡)から
ホームベースのような形で
広がっていて
そこに色々なものが入ってくるようになってる。
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それは私が作ったものなのか
まーくんが作ったものなのかと尋ねると
「二人で決めた」と。

前世でも繋がりがあって
二人で全部決めて
全て決めた通りに物事が進んでいる。
死に別れることさえも
乗り越えられると二人で決めた。

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まーくんは身を張って
私の人生を作ってくれた。
ええ男やん。




それが本当かどうかなんて
私に判断する術はありません。

でも
その方と話をしているうちに
やっぱり確信して思うことがありました。



全部まーくんが用意した舞台で
起こる困難は全部超えるためにあるもの
自分が良いと思って動くものに
自ずと良い結果が付いてくる。

誰よりも不幸になったからこそ
誰よりも笑って幸せに
楽しく生きてやると思ってきたこと。



見える方のお言葉だからではなく
ずっと確固として自分の中にある答え。


ただの精神論っちゃあ精神論です。





最後の方はただの世間話をしてた気がします。


向かう方向も
向かわないといけないと思う方向も
それに対する心持ちも

全部自分が見据えていたこと。


言わずもがなというか
見てもらえなくても
ずっと自分の中で信じてきたこと。



まーくんからの言葉を淡白に捉えてる自分と
淡白な言葉のまーくん。
(愛してるとか言えや!)



でも
私の生き方が
言葉に出さないところで
深い深い二人の絆を結んでいる。


それが
死んでしまって、もういなくても
魂というものが、あってもなくても
今も続く
まーくんとの絆だということ。


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「人生は、自分で越えられるハードルをいくつも作っている。
それを越えられないと思っても
必要なのは
『勇気と知恵。えいや!と越えようとする心』」

そう思ってやってきました。


「会社に止まったのも
今はまだ作家として篭るより
人や社会との繋がりから得ることがある」


「人の評価なんか気にしないで
人のために良いと思うものなんでもやりなさい。」



「人生にチャンスは何度も来るものじゃない。
なんでもやったらいい。」



話していたことが
『見える方』の言葉なのか
『彼女自身』からの言葉なのかはわかりません。

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それでも大きく背中を押された気がします。





まーくんが死んでから怖いものなんて何もなくなった。

人は『生きている人』か『死んでいる人』だけ。
どんなすごい人でも、偉い人でも。なんとも思わない。
嫌なことでも大したことじゃない。
どうせ行き着く先は皆んな一緒。

そういう風に開けた人生。
まーくんは私に素晴らしい人生を残してくれた。




今回の相談?にしても
グリーフケアにしても
カウンセリングにしても


私は積極的に求めてはいませんでした。





「なんで。どうして。」



その答えはいつも自分の中にあったから。

今から向かう結果もどうでも良かった。
その突き進む姿勢に価値があると思っているから。



きっともう
こういう方には会いに行かないと思います。

その場で感じることより
私が自分の人生を輝かせることの方が
まーくんとの絆をより強く感じ、結びつかせることになる。


もちろん、そういう方と話して心軽くなる人もいると思いますよ!
そういうことを否定しているわけではありません。


ただ、私とまーくんとの結びつきは
言葉じゃなく、態度じゃなく
生き方なのだと思います。

いてもいなくても、固く結んだ絆。

なんてったって、ソウルメイトですからね!
(誕生日占いでドンピシャでまさかのソウルメイト)



見守ってくれる人生というより
私の人生の奥底にまーくんがいる。

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それが切なくて悲しくて
涙はやっぱり出ちゃうけど

死んだ旦那の想いを聞きに行って
自分の生き方のふんどしを締め直しました。


答えはいつも『ここ』にある。

そんな風に考えながら歩いていると





やばない?笑
もういるとしか思えない…

だよね。
答えは自分が作るものだよね。
そう思って生きてる。


この出来事に意味があるかではなくて
辿ったものに意味を作るんだと。
そう思ってずっとやってきた。




まーくんはちゃんと見てくれてるのか
守ってくれてるのかとの答えは


「出来るだけ守ってる。
守ろうと思ってる。」


そんな保険だらけの言い方。
きちんと守らんかい!



あてにしないで自分で突き進んでいく。
良かれと思った方向へ。

それが、私とまーくんが結んだ絆だから。





そして、この『見える方』を信じます。

「これで終わりじゃない。
結婚にしても何にしても。
これが終わりじゃ可哀想すぎる」


あれ?希望的観測か?感も否めないですが
それでも「これで終わりじゃない」らしい。

再婚があるのかしら〜!



↓『ソウルメイト』も頷けるくらいの最高の伴侶だったわ。私がね!


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そんな本が発売しました。
まーくんが死んでからのことを
綴った3年間の記録。

予約開始になった日に
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一位になりました。(本当ありがたい)

旦那が突然死にました。
せせらぎ
エムディエヌコーポレーション
2020-08-24


サンプル(どどーんと一章分、配信しています)
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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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