昨日、コメント欄で「本が取り上げられてますよ」と
教えてもらって
著者のくせに「え?どこどこ!!?」と血眼で探しました。笑
気になるじゃない。どんな風に取り上げられてるのか…

場所も教えてもらって
いざドキドキしながら読んでみると…




泣く。泣いたよね。

自分のことなのに。笑


全部、伝えたい事が伝わってる。
そして他の人に伝えてくれてる。

決して出版社からのお願いじゃないですよ。
誰かが目にして、買ってくれて、読んで、書評を書きたいと思ってくれた。




まーくんが死んで3年間。
どれだけ苦しかったか。
どれだけ頑張ってきたか。
(頑張るって言葉、好きじゃないけど
もう使っちゃうよね!これでしか表せないよね!)


この本が一つの大きな存在になって私の手を離れ
大きく羽ばたいていくような気になりました。


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私が書くものを「才能がある」そう言ってもらえることがあります。
なぜかわからないけど、ありがたい。

20200903_1_2



学生時代、先生に

「自分に才能があると思った方が苦しい。
才能がないと思った方がどれだけ楽か。」

そういう話をされたことがあります。


才能ある方がいいじゃん。
才能あっての苦悩なんて喜びじゃん。

そう思っていましたが、そうではなく
『才能がない』と自分で決めるのは
やらないでいい理由になる。やれないでいい理由になる。

逆に『才能がある』と自分に課すと
やれないといけなくなる。やらなきゃいけなくなる。

楽なんです。
やれない理由。やらない理由を作るのは…





私の生き方や、やってきたことを
人によっては「そう思えない」「そうはできない」ということもあるでしょう。


経済的理由、状況的理由、性格、いろいろ要因はあるだろうとは思う。
でも、私も全てに恵まれていたわけではなく
ほぼゼロの状態からスタートしました。(なんならえぐれてる状態から)



保険金は母に「すくなっ!!」と言われ(酷い追い打ち。笑)
なのに、セカンドハウスでがっつり使い
貯えではなく、自分で賄うことを決めました。

それも、無職の時に。笑





何もない状態から大きな目標を抱え
まーくんとの話を『本にする』『映画化する』それだけを見据えてきました。

それも、ブログ読者ゼロの段階から。笑



周りに愛されていたまーくんに比べ、私は友人は少ないし
人に心を開くのも苦手で
まーくんの死後、「戻ってきていい」と言ってくれた会社でも
働いていた当時は屍のように、息を潜めてひっそりと生きていました。
決して人気者ではなかった。


全てが全部用意されていたわけではありません。






でも、心に拳を掲げた。


『絶対に幸せになる』と。



幸せになれない理由は、それこそ隣にいつもありました。
でも、前だけを見てきた。
絶対にまーくんの人生を幸せにすると。
泣きながら、歯をくいしばりながら、涙垂れ流しながら
『まーくんを形に残すこと』を決めた。



ネタにしてる。不謹慎。信じられない。
そう言う人もいます。

でも、私の見ている未来にはどうでもいい言葉です。

その一点だけ見つめ、必要なことは全部やろうと決めました。



といっても、なんの実績もツテもないただの主婦。
やれることなんて限られていて
日々、ずっとブログを書いていただけです。



でも、私のこのどん底から幸せになれたら
絶対に本になると疑いもせず信じ切って
幸せになることだけ。幸せを感じるために必要なこと。
そのための経験。考え方。

暗中模索の中、
どこに伸びているかわからない全てのものに
ガムシャラに手を伸ばしました。(セカンドハウスもそうですね。)



明るくなり始めた未来が、元から見えていたわけじゃない。
真っ暗になった未来に髪振り乱しながら真っ直ぐに進んできただけ。
うずくまっていたら暗闇からは抜け出せなかった。


何度も暗闇に戻りながら
それでも自分の尻を叩き
なにくそとガムシャラにやってきて
(本当、ブログ全部読んでくださっている方はガムシャラ感がわかるでしょう。笑)
確実に掴んだものがある。




書籍化の話が来た時も

「記念出版的な出せればいいだなんて思っていません。
絶対にいいものにする。」

と素人がいけしゃあしゃあと言いました。

だって、そこで終わりなんて思ってない。
その先の映画を見据えているから。


だから、自分にならできる信じて『やるしかなかった』。


出来上がった頃にはもう
主観が過ぎて、泣き過ぎて、疲れ過ぎて、伝わるものかどうかも疑わしかったけども
いただいた書評。伝わるものが作れたのだと、嬉しかったです。
(見れる書評やコメントは見てます!ありがとうございます!)


他にも
記事にしていいですか?とか
書評書いていいですか?とか
取材いいですか?とか
ブログは知らなかったけども、この本に出会えて良かった。とか
一冊もらったけど、もう一冊買います。とか

嬉しいことばかりです。
それは、本が心に届いたこともそうだけど
映画への足がかりが一つ、自分自身の手で作れた。



当初のこの夢物語を
うんうん。と優しい眼差しで聞いていた友人たちも

「本当に全部実現させそうで怖い」
「映画とか、壮大過ぎて驚いたけど、ここまで来るとなる気しかしない」

そう言っています。
そう現実味が帯びてきた。



なので、売れますように!
映画化に〜!!!

ということで、読んでくださった方は
レビューの方をじゃんじゃかお願いします!
(Amazonでとか。すでに書いてくださっている方はありがとうございます。)


普通言わないでしょ。著者から。笑


でもいいんです!
目標を見据えたら、そこに至る全ての可能性を手に入れる。
その為に必要なことは
たとえ人からヒソヒソされようとも関係ネィ!



私は今、多くのものに恵まれています。

当初はそうではなかった。
当初は気づけなかった。
人より何か多く持っていたわけではありません。

私が持っているとしたら
死んだ旦那様の神的な援護。

でも、まーくんだけが特別に神から選ばれた力を持っているのでしょうか?

そうだとは思わない。



きっと亡くなった人は
大切な人を守ってる。導いてる。

私だからじゃない。私だけじゃない。


それをただ信じて、自分を信じて
映画化にする道しかもう見えません!!!


ということで売って〜!レビュー!!

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そんな本が発売しました。
まーくんが死んでからのことを
綴った3年間の記録。

続々と感動の声が
届いております(自分で言う。笑)

旦那が突然死にました。
せせらぎ
エムディエヌコーポレーション
2020-08-24


サンプル(どどーんと一章分、配信しています)
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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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