この夏、セカンドハウスの片付けに着手しました。


セカンドハウスは、まーくん思い出ハウスにするつもりの家なので
我が家にあったまーくんのものを
きちんとしまい
時折眺め、思い出に浸れる場にします。


しまう為に久しぶりに出した
まーくんの洋服達は

匂いがまだ残っている。
洗ってしまっていたはずなのに

それを優しく丁寧に畳みます。


まーくんは幸せだろうな。

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死んだ後も
それも三年経った後も
自分が着ていた洋服を
こんなに愛しくたたまれて。


だって…洋服だよ?

もう中身のない…



それでも着ていた洋服一つ一つに
その時の思い出があって
着ていたまーくんが思い起こされ

どれもこれも愛しかった。 

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三年経った今も
私は見えないまーくんを愛しく想い
時には涙して想いを馳せます。




では
死んでしまった方はどうなのでしょう。

こちらがどれだけ想っても
こうであろうと思っても
死んだ後のことは誰にもわからない。

心も体も浄化して
穏やかに見守っていると思ってしまっているけれど

無念や不満を持っていて叫んでいるならそれでもいい。
そういう人はいっぱいいるだろうし
そういう人たちで話が合って
意気投合して楽しくやれているのかもしれない。

幽霊同士、交流が出来るのも楽しいかもしれない。


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もしただ、ただただ無くなるのだとしたら…


いつか会えると
ずっと彼を想い続ける

だなんて
虚しいことなのかもしれない。

彼はあの世にもいなくて
死んだ瞬間に
ただ無くなって消えただけ。

こちらの想いはただの空虚。

「幸せになるから!」
「見てろよ!」
「頑張るからね!」

彼に向けた想いは
どこにも届かず
私の一人相撲かもしれない。

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死んだ後がどんなものなのか
今、何を言っているかはわからない。

それでも、まーくんを思うと心がホワッと温かくなるようになった。
具体的に何かを感じられるわけじゃない。
あそこにいる!とわかるわけじゃない。


ただぼんやりと、ただ『感じる』気がする。 



本当のことはわからないし
自分の気の持ちようだけかもしれない


でも、だからといって
『本当』がわからないからと言って
全てを否定しなくてもいい。


見たいものを見て
信じたいものを信じて
そう生きていけば良いだけの話

ぶっちゃけ真実がどうであるかなんて
どうでもいいのかもしれない。


そう信じて
ここまで自分を連れてきたのは

やっぱり
まーくんの力だと思うから。



もし、万が一
消えて無くなっただけだとしても
私の心に生きているのは
やっぱりまーくんだから。


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↓心に『息づく』ことが『生きている』ということだから


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