けーくんはADHDでした。

でも別に何かが変わったわけじゃありません。 
私の接し方も、周りの接し方も今までとなんら変わりありません。


『障害』という名がついたけど(発達障害)
ただの個性です。

起きられない子
癇癪を起こす子
きれい好きすぎる子
体が不自由な子
偏食な子
注意散漫な子
空気を読めない子
傷つけてしまう子
傷つきやすい子
...etc.


全部ただの個性だと思ってます。
対応がそれぞれ変わるだけ。

その子の持った性質において
経験するものが変わり
得る経験値が変わり
多種多様な人へと成長し社会を動かしていく。


全ての人が一辺倒で、違う人を排除して
みんな同じで、同じ大人になったら
そんな社会怖くてならない。つまらなそう。

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『障害』と名のつくものがつくと
そりゃあ人よりは大変なことが増えます。


私は我が子たちだけしか育ててないので
他の育児がどれだけのものかは分からない。

ただ、次男のしーちゃんに比べると
ほんっと大変…


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けど、それが障害であろうがなかろうが

けーくんはけーくんで
けーくんでしかない。

何も変わりません。


だから『障害』とつこうが、つかなかろうがどっちでも良い。


ただ体当たりで真正面からぶつかっていくしかない。
一人でな!
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本質は何も変わらないのに『障害』がつくことに拒否反応を示す方がいるそうですが
本質が変わらないなら付いた方がお得じゃない?とすら思っちゃいます。

拒否する方が一番『障害』というものを否定的な特別な目で見ているのだろうなと。


私は障害児として育ったので
そこら辺はフラットなのかもしれません。

それにおいて傷ついたことや得た経験は
他では得ることのできない宝だと思っています。

むしろこうで良かったと。
それが今の自分を作ってくれている。
強くしてくれている。


今の自分の個性を作ってくれている自分の障害
やっぱり障害も個性ですね〜。



さぁ個性的な我が子に向き合わなくっちゃ〜

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↓ダメだとされているところは、裏を返せば良いところ。


※ひとみさん
メッセージありがとうございます!
貴重な情報!子供達はいずれどっかにぶっこみたいと思っていたので
子供達の経験と、私の自由時間のために。笑
検討させていただきます!!


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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