今日はダメな日。

雨だからでしょうか。

心が重い。




寂しいとか悲しいとか
いたら良かったのに何て考えてない。

月日が経つ毎に、いないことが当たり前になって
それに不満もでなくなってきた。



でもたまに
息もできないくらい心が重いことがある。


余裕なんてないのに
自分のことで精一杯なのに

ギャーギャーしている子供達。
数分毎に「けーくんが!」「しーちゃんが!」
「おかーさん!!」



そっとしておいて欲しい。
やらなきゃいけないことは沢山ある。(朝は特に)

子供達のかわいいおふざけが
心を削る。


大したことないことでイライラして
眉間にシワが寄ってくる。
涙が目にたまってる。


いい加減にして
いい加減にして
いい加減にして


苦しい。



そんなことも気にせず
子供達はひっきりなしに自分の要求をぶつけてくる。

やって欲しいこと、やって欲しくないことを
一回言っただけでできるわけもなく。

口を開きたくないのに
口を開いたら涙がこぼれそうで


ただ必死に
自分の感情をぶつけないように堪える。



子供達を雨の中、自転車で保育園に送り
ポンチョのフード(サンバイザー的なやつ)を被りながら滴り落ちる雨を見て
自分の涙の様な気がした。

ひっきりなしに
伝っては流れ落ちていく。





きっと

まーくんが死んでから
心の底から晴れやかな時なんて

2年半の間
1日も
1時間も
1秒だってない


何でもなく過ごしてる時も
大丈夫だと思ってる時も
ずっとどこかにストレスがかかってる。


それがたまに漏れ出すんだ。



気圧なのか
天気なのか
仕事なのか
育児なのか

何かをきっかけにして
閉じ込めようとしていたものが流れ出るんだ。


心から晴れやかな時なんて
もう一生来ない。
まーくんがいなくなった事実は無くならないから。

来るとしたら
私がボケて色んなことを忘れた時でしょう。

そうでもない限り
心が晴れることは絶対ない。



し、それでいいのだと思ってます。
晴れるわけなんてない。
いつでも何時も、どれだけ時間が経っても
私は辛い状況に身を置いてるんだ。

そう思ってていいし、そう思った方がいいのだと思います。


たまに漏れ出して
心を苦しくさせて
自分の心を解放する。


苦しくないわけないのに
苦しくなる時間がないなんて
絶対に心に悪い。


時間が経つと
ストレスを抱える器が大きく強くなって
少しのことじゃ決壊しなくなる。

でも
溜まりに溜まったものが
溢れ出したらどうだろう。
収集つかなくなるんじゃないだろうか。

心が重みに耐えられないんじゃないだろうか。


たまに、ちょいと小出しして
無理に溜め込まない方がいい。

だからたまに訪れる
この辛い心も大切なサイン。
見なかったことにせずに
ちゃんと労ってあげよう。


ただ
対峙してるこの時間は辛い。
叫び出したいほどに辛い。

歯がダメになるほど
強い力で食い縛りたくなる
(美用の観点から気をつけてます。笑) 
 

たとえ
駅のホームから動けなくなっても
何本も電車を見送っても

今日は
辛い自分に向き合う
きっと無ければならない大切な日。


よしよし。
いい子いい子。
頑張ってる頑張ってる。

ちょっと休憩しようか。
心を休めよう。


さぁ、ランチは何食べよう。
今日は何しよう。


深く深呼吸して
ひとまずドトールでココア飲んできます。
(ドトールのココア好き)


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
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