私は子供がいつ死んでもいいように覚悟しています。
(とはいえ悲しいと思うけど)





人って死ぬ。


嫌でも。






けーくんとしーちゃんは
すぐパーっと走っていきます。

交通ルールは教えているし
大概は守るけど、ヒヤヒヤです。

でも春からけーくんは小学生なので
1人行動が増える。


私がいつまでも
隣で手を繋いでいるわけにはいきません。

20200318_1


だから
けーくんが走っていくと


(あぁ、けーくんは死ぬんだろうな)と
思うようにしています。


うっかり飛び出しちゃって
運悪く車が来ちゃって
跳ねられることもあるでしょう。



人の死は運命で
どんなに気をつけていても

一つの選択
一瞬の隙で命を落とすことがある。


全ての危険から守るためには
箱に入れて鎖に繋いで家に閉じ込めておくしかない。

20200318_2
それは幸せだとは言えない。





人は大概のことでは死にません。
でもたまに死ぬことがある。

転んだって死なないけれど
稀に死んでしまうこともある。


全ては運命で
変えられない定めなんだと思っています。

20200318_3



どんだけ危険に身を晒そうと死なない人もいるし
何でもない安全地帯で死んでしまう人もいます。



子供なんてなおさら危険なことをしまくる。


私は子供の頃
高いブロック塀の上を歩いたり
川の橋の反対側(川側、高さ数メートル、)を
柵にしがみつきながら歩いたりしていました。


小学校の遊具で
めちゃ高い足場の悪いところを
鬼ごっこするのが流行りました。


兄貴に不可抗力で崖から突き落とされたことがあると言っていた人もいました。

空を飛べるはずだと二階のベランダから
風呂敷マントつけて飛んだ人も知っています。




でも死んでない。

し、全ての好奇心から子供を離すのは無理です。




だから

唯一できることは

いつ死んでも後悔ないように

この子は次の瞬間死ぬかもしれないと思っておくこと。



走って行った最後の姿を目に焼き付けておけるし
子どもはやりたいことをやって死んだ。
仕方ないんです。
運命だから。
(一回しこたま後悔するとは思いますけどね)



それを覚悟してるかしてないかで
いざという時のダメージが変わる。



交通事故も
「ぶつかる!!」と思って受けた衝撃の方が
突然の衝撃よりダメージが少ないそうです。



だから
いつでも死ぬんだと思って彼らを見てます。

死んでもいいと思ってるとは違いますからね!




覚悟の問題です。


あれが最後なのだったと
もう二度と悔いのないように。

20200318_4


↓最後だなんて思ってもいなかったから…


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

※コメント返信をしばらくお休みします。
『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
20191204_5

 クリック蘭


  ↓応援ポチッといただけると嬉しいです。
 にほんブログ村 家族ブログ 死別へ


  ↓LINEで読者登録。

blogreader_201903_2