まーくんは死にました。

私は死の知らせを受け飛んで帰りましたが
死に顔は見れませんでした。

横になった状態で死んだまーくん。

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そっと隣に寝転び
恐る恐る見上げた顔が
きっと穏やかではない感じがして
見ることが出来ませんでした。


まーくんの顔を見たのは
警察と
第一発見者の会社の人と
知らせを受けてすっ飛んできた私の父

当初
どんな顔をしてるか父に聞くと
「寝ているようだよ」そう言っていました。




優しい嘘。





おばあちゃんが亡くなって
改めて死ぬこと
居なくなることを考えました。


それは父もそう。(実母が亡くなったので)


まーくんが死んで死生観が変わったと。

その数年前おじいちゃんが死んでいるので
『死』というものには向き合ったことがある。




でも
まーくんの死に立ち会って
死ぬということの考えが変わったと。

突然、思ってもみなかった人が
プツッと死んでしまう。

それも身近で
とても若い人。



まーくんの死に顔はやっぱり寝顔ではなかったそうです。

目を開いて
「あっ!」とした表情。

今まさに命が無くなった瞬間を切り取った顔。



体はそこにあるのに
もういないのだと

プツッと繋がっていた何かが切れたのを感じたそうです。



私も感じました。





会っていなくても
話してなくても

たとえそれが何ヶ月でも何年でも
生きているということは繋がっているということ。


どこにも繋がっていない何かを
切れてしまったものを
私もあの時感じました。

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あれはきっと
対峙した人にしか分かり得ない感覚。



命が無くなるということ。


それは
一瞬のことで
止める術もなく
誰にでも起こり得ること。



知識ではなく
体感しました。


一瞬で世界が変わり
人生が終わる。




それも
絶対にみんな経験すること。



繋がらなくなったものを知ってしまったから
繋がっているものの大切さに気づいたのだと思います。


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家族でも
友人でも
知人でも

初めて会った人
すれ違った人
まだ会ったことのない人

誰とでも繋がってる。
そう感じます。

どの業界を生きている人も
同じ世界で今生きている
『ただの人』に思えるようになりました。


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※キンプリ平野くんが好きです。とても。



繋がってる今を大切にして
たくさん繋げて
切れてしまうその時まで
全てを大事に生きていきたい。



そう書いている今

ふと思い出しました。




まーくんの言葉。


何かをずっと繋いでいる。

そう言葉を聞いた友人が教えてくれました。



繋がりを縁にして
もっと強く長く繋げて
どんどん繋げて


そうやって生きていくこと。
それが生きていくことなのだと
教えてくれたのだと思います。


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切れた大きな繋がりを知ったから
今無数に繋がっている
沢山のものに気づいた。


一つの命で
本当に多くのものを残したなと
改めて思います。


私じゃあこうはいかなかった。
さすが師匠。(まーくんは私の仕事上の師匠です)
よ!気づかせる男。


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私の命が潰える その時まで
潰えた時に
何かが残せるように生きていこう。

そうやって生きていかなくっちゃ。


↓人生を意味のあるものにするために。



↓とんでもなく厳しい師匠でした。


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
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