何かを言われた、された。
嫌な気持ちになる日があります。

そんな時は
一気に沈む。

その出来事より
それを話せる人がいないから。

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自分で気持ちを回復させるしかない。


解決方法



それは

『とことんまで考える』




出来ればその『嫌なもの』は見たくない。
触れずにどこかに葬り去りたい。



でもずっと引っかかって
モヤモヤだけが残るんです。

 話を聞いてくれる人も
心を軽くしてくれる人も今はいない。

放っておいても
ただ心が苦しいから
いっそのこと、とことんまで考えます。
 
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何でそんなこと言ったのだろう。
何でそんな言い方したのだろう。

私は何を受け取ったらいいのだろう。
何を受け取らなくてもいいのだろう。

何のためにそんなこと言われて(されて)
相手はどう思っているのだろう。


言ったこと(起こったこと)の意味 
その人の背景
隠される潜在意識

すっごいグルッグル考えて
大概のことは結局行き着く


「どうでもいいじゃん」 


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『反省すること』とは違いますからね。
反省すべきことは、一回凹みますけど嫌な気持ちにはなりません。


『嫌な気持ちになる』って
どっかに引っかかりがあるんですよね。

言い方なのか、態度なのか、中身なのか
突き詰めて考えていくと
結構相手の問題。


相手の問題に
こちらが削られる必要なし。



 結論に行き当たると
心が軽くなります。

「あれ?大したことなかったな。
私、気にしなくていいじゃん。」

そう思える。



そう思わせてくれる彼は
もういなくなってしまったから
自分でそうなっていくしかない。



以前はどんだけ恵まれていたのか。

ただただ
あったことを吐き出してぶつけて
包んでくれる。

まーくんは私のことを否定なんかしないし
なんなら目から鱗の気づきを与えてくれる。

どんだけ救われてきたことか。


今はもう
心地よく生きていける精神を
自分で身につけるしかないのです。



そして身についた暁には
きっと、まーくんがいた頃よりも
ずっと幸せに生きていける。

そう思っています。



誰かに寄りかからず
身一つで、自分自身で幸せに立つ。
これが一番の幸せだと思うから。


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人に寄りかかった幸せは楽でもあるけど
無くなる可能性があるからね。
(そして無くなったからね!っけ!)


嫌なことがあった日は

『そういう自分になれる修行が来た』と
ありがたく受け取りましょうかね。


と思えば
どんな嫌なことも良いことさ!


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↓ほら!やっぱりラッキー症候群。


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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『せせらぎの部屋』ではコメント返信します。
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