子供達の中に『お父さん』はいません。

いたとしてもほんのカケラ。


でも

まーくんの話をすると喜ぶし
好物だと言ったものを、いつまでも「これお父さん好きなんだよね!」と言ってきます。

ふと見ると
仏壇に手を合わせたりしています。


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彼らの中で
お父さんという存在。
それがいないという事実。

自分にはお父さんがいない。
お父さんがどんなかわからない。

どう消化しているのでしょう。 



 

しーちゃんが4歳になる月。

お誕生日の子には
保育園から絵本が贈られます。

そこに先生と親からのメッセージカードを添えて。


まーくんが死んでから
そのメッセージカードには
私からのお祝いの言葉と
家族4人のイラストを書いています。

ーおかあさんより。ー


と文末に書いて、その横にイラストを描きます。

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本当は皆んなの名前を書きたい。
(お父さん、お母さん、けーくんよりとか。)

でももういないお父さんの名前を書かくのもどうかな…書かないのも悲しい。

書いたら強がりに見える。

だから名前は私だけで
イラストにしています。



そんな絵本が誕生月の子のは園に飾られています。

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何気なく目をやると
そこにはもれなく家族全員の名前が入ってる。


お父さん、パパ、とと、父ちゃん…
その家庭で読んでいるであろう呼び名で
お父さん、お母さんよりって…

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ウチには言葉を送るお父さんがいないんだと
胸が締め付けられました。




しーちゃんにはお父さんがいない。


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当たり前に
「お誕生日おめでとう」と言ってくれる
皆んなにはいるお父さんがいないんだ。


並べられたカードから
事実を目の当たりにしました。


その事実に耐えないといけないのは
私ではなく子供達であること。


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だけど
少しだけ泣かせてください。





しーちゃんが一歳の時にまーくんは死にました。


思い出なんて
しーちゃんの中にカケラも残ってない。


見る父親は全部
写真や動画。


それを受け止めて行くのは
しーちゃんでしかない。




でも
ほんの少し泣かせてください。



父親のいない人生を歩む子供を想って
成長を見たかっただろう まーくんを想って


少しだけでいいから…。

 

会社に着く頃には
涙を引っ込めて
普通に過ごしますから


子供達には
父親のいない人生を
悲観せず過ごさせてやりますから


1人の時は泣かせてください。





お誕生日おめでとうしーちゃん。

念願のでっかいチョコケーキ買うよ。

3人だから食べきれないとか
そんなこと言って買わないなんてことしない。


買ってあげるから。
思いっきり食べようね。


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子供達は
『ないもの』が『あった時』のことなんて考えない。
 『あっただろう日々』のことなんて想像しない。


それでも
父親がいないことは事実だし
周りに父親がいることも事実。 


負けるなよ!


周りの声に負けるんじゃないよ。



にしても、しーちゃんが
「コチョ」を「チョコ」と言う時が出てきた。
…成長しないで…。



↓コチョに心酔するしーちゃん。やばい…かわいい。こんな時期もあったな。



↓けーくんですら『お父さんの存在』は怪しい。


●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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