まーくんが死んで2年。
骨は分骨しました。

一つは私の手元に。
もう一つメインの方はまーくんの故郷の墓に入りました。


まーくんの故郷へは死んで以降一回も行っていないので
おのずと一度も墓参りをしていません。



まーくんの死んでしまった後のものなんて
まーくんの残骸の骨の行方なんて
どうでも良かった。


目の前にいないことが全てで
死んでしまったまーくんは
たとえまーくんだろうとも喋らぬ骨はただの物。 



それでも彼の故郷に帰ることになり
実家の近くにあるその墓に
行かないということもないので
行ってきました。

初墓参り。


線香はあげていません。
水もかけていません。
花も生けないし
手も合わせません。 


ただ見てきただけ。
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どんなとこにいるのかと。



めちゃめちゃいい場所でした!
高台の海を望む
気持ちの良い風が吹き抜ける場所。 

まーくんにとってこれ以上の場所はないでしょう。

20190926_2


決して手を合わせないけども(ここにまーくんがいるとは思わず)
毎日通っています。

最初は来客もあり、みんなで行きました。
 




2回目、子供達と3人で向かった時。


陽が落ちる夕暮れ時
オレンジ色に染まる空

前を走る子供達

突然に雨が降り出しました。

割と激し目にお天気雨。


だからといって引き返すわけでもなく
もう、お風呂はいるだけだからいっか!
と3人でお墓に向かいます。
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お墓に着くと雨は止み
ちょっと湿った
夕焼け空。



海を見渡すと
なんと虹が出ていました。


 
大きな大きな虹。



大きすぎて写真に全体が入らなかった。

まるでまーくんが見せてくれたかのような風景。
お墓を後にする頃には消えていました。




不思議なのは
翌日遊びに来た人たちに、その話をすると

「雨なんか降らなかったよ」と。

20190926_6

同じ時刻、市街地にいた彼らのとこには降らなかった雨
でも、こちらでは確実に降った雨。



まーくんなんだ。 



やっと来た私たちに何かを伝えてくれたんだ。

その『何か』は分からないけど
どう言葉で形容したらいいか分からないけど
確実に『何か』をもらいました。

「待ってた」ではなく「頑張れよ」と後押しを感じるような気持ち


来て良かった。 
2年かかったけど、来て良かったんだ。そう思いました。

20190926_4


まーくんの実家には田舎ならではの
大きな仏壇があります。
今までは祖先や祖父母の為のものでした。

今はまーくんの遺影と位牌が真ん中にあります。


私は仏壇にも興味がないけども
ここでこうして居場所を作ってもらっていることになんだか安心しました。

東京の家では死には向き合っていない。
ないがしろに何も供えられない手作り仏壇だけど
しっかりと祀られているとこもあることに何だか安心しました。


お墓も仏壇もどうでもいいけど
それでも確実に『拠り所』なんだなと感じました。


いつか義父母様がいなくなった時
お墓をどうするのか改めてぼんやり考えておきます。
今更東京の狭いところには入りたくないだろうなと思いながら。

海に撒いてあげるが第一候補かな。

20190926_5


↓まさかの虹が出た。
このエピソードを会社の人に話すと
「動画撮ったか!?」と言われた
写真を撮ったと言うと「良くやった」
というくらい信じられない出来事。
(インスタで帰省時の写真ポロポロあげてます。)

↓一人で泣きながらやった分骨。強い風が吹く日。
まーくんは本当に死んだんだな…


  ●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら


※iさん
メッセージありがとうございます!
もう大興奮です!
食べるの遅いとかww競いますか!笑
色々推察の通りです!
これもご縁。あれもご縁。そう思って生きた方が色々大切にできます。
いつかお会い出来る機会が設けられたら是非お越しください〜。
(いつか!…いつだ?笑)


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   どんどん増えていくでしょう。

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