母の実家がある和歌山に旅行に行くことになり
道中の車内

父と母が死ぬ時の話をしています。

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父は70歳まで働いて
2年くらいゆっくりしたら
死ぬ予定だそうです。(自然死)


それじゃ困るわよ!
と言っている母に
父(おじいちゃん)が死んだら相当悲しむ甥っ子達
(姉も母子家庭なので、甥っ子達には絶大なる存在の父)


そんな話をぼんやり聞いていて

不思議だなぁと考えていました。



たくさん働いて
家族を作って
一生懸命に生きて

自分たちが築き上げたものは
いつしか少しづつ離れていって
最終的に死をもってして
何もなくなる。

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誰が死んでも世界は続いていて
悲しみにくれても
それぞれ自分の人生を生きていく

人生ってなんなんだろう。



先日『ドラクエ』の話をしましたが


人生もRPG(ロールプレイングゲーム)だなと思いました。


リアルな人生だけども
ゲームやんと。



ドラクエってラスボスを倒すために
邁進する話なんですが

それに向かってレベル上げて
武器揃えて
仲間増やしていくのですけども

それまで何十時間、
下手したら何百時間費やして
エンディングを目指すんですけど

終わりを目標にやってきたのに
いざラスボス倒して終わると
呆気ないというか
つまんないというか

あーあ、終わっちゃったな。って…。

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終わりを目指してたのに
大事なのは
楽しかったのは
その過程なんですよね。


レベルを上げて
武器を強くして
仲間を増やす。


人の人生も同じだなって。


人はいつ死ぬかわかりません。

でも確実に死ぬし
日々それに向かって生きています。


だからこそ
いつくるか分からないエンディングよりも
過程だなと感じました。

何を職業にして
どんなアイテムを得て
何を着て
どう戦うか。

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結局は自分自身のストーリーで
周りに何が起こっても
自分自身の道を歩くことになるんです。


せっかく目をかけて育てたのに
お前そこで死ぬのかよ!とか


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ちゃんとバランス考えて仲間増やしたのに
結局ボス戦、私一人やん!とか


どんなクエストをこなしていくか
誰に道を尋ねるか
何を買い
どこを歩くか


ゲームですね。
その過程が楽しければ
いつ死んでも「楽しかった!」で終わるはず。


今一緒にいる子供達も
今は仲間だけど

いつしか道は離れていきます。

こんなに手塩にかけたのに結局一人かい!

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それをも楽しんで
新たな仲間を見つけるのか
一人でどんどん強くなるのか

どの道を選択したら
楽しめるのだろうと
ワクワクして進んでいきたいです。


大事なのは終わり方じゃない。
ラスボスが何なのかでもない。

それに至るまでの時間が
どんなものだったのかが一番大事。


ゲームと違って一回きりです。

セーブも
ロードも
リスタートもない。


自分の物語が
一体どんな話なのか
選択するのは自分ですね。

ゲームだと思ったら
何だかどれもこれも
大したことないように思えます。


バッドエンディングにならないようにしなくっちゃ!

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●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちら

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