私は旦那と死別して


足があった方がいい。
目が見えていた方がいい。
健康な臓器であった方がいい。
そりゃそうでしょう。
健康優良な人からしたら、私の体の状態も可哀想です。
それは仕方ない。
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どんどん増えていくでしょう。

いろんな人の話を聞いたり
いろんな状況に晒されたりして
変わった考えがあります。
というか腑に落ちました。
小児の大きな病院に行くと
本当に様々な子がいて
大変そうだな。可哀想だなとつい目を向けてしまいます。
それは街中でも
自分とは違う人を見ると
つい目を向けてしまう。
主に障害を持ってる方なのですが
気になって見てしまうのは好奇心からか
それでも「見ちゃいけない」と目を逸らすのもおかしい気がして
何だかずっとモヤモヤしていました。

それが、こういう経験をして
人の目とか感情に気づく様になった。
いつもと同じように病院に行った時に
ふと考えが変わったんです。
「見てはいけない。」「見られるのは嫌だろう。」
と思っていたのは偽善心。
と思っていたのは偽善心。
見られる方がどうのこうのより
それをそういう風に思うこちらの方が
頭がおかしいんだろうと。
私自身も医療機器を幼い頃から使っています。
知られるのも嫌だった。
どう思われるかが怖かったから。
思う方ではなくて
思われるこちらにダメなところがあると思ってたから。

でも
違うんですよね。
人と違う境遇や状況で
その人は必死に生きている。
それだけで感服です。
そんな人達のことを
好奇の目で見て
バカにして
気持ち悪いと言う(私も言われました)
そっちの方が気持ち悪くない?と。
人間として欠陥品じゃない?と。
ちなみに私は憐れむのはアリだと思っています。
「可哀想に」は別に悪い言葉じゃない。
私も可哀想な状況です。
足があった方がいい。
目が見えていた方がいい。
健康な臓器であった方がいい。
そりゃそうでしょう。
健康優良な人からしたら、私の体の状態も可哀想です。
それは仕方ない。
でも、そこから蔑むのはアウト。
人は誰かを非難し
バカにしたり笑ったり
すべきではない。
だから目を向けた時は
大変だね。頑張ってるね。頑張ろうね。 負けんなよ。
とエールを心で送るようにしました。
見られたくないだろうとかは
「見られたくない存在だ」と勝手にこちらが決めつけていた。
猛省です。
人と違うのは仕方ない。
私も障害児だったので分かります。
でもただそれだけ。

フラットに考えられるようになりました。
大変なのは大変。
別に「悪いから」って目を背けるのがベストではないのかなと。
こんなに頑張って生きてるんだもの
周りであーだこーだ知りもしないのに言う人の方が
心を失った。貧しい人なんだと。
蔑まれたら、蔑み返してやりますよ。
だから、そっち側になりそうな時は
あぁ、自分はなんて浅はかでどうしようもない人間なんだと喝を入れます。
いじめでもそうですよね。
悪いのはいじめられる方じゃない。
いじめる方だと。
とある漫画で
「米国ではいじめが起こると
被害者ではなく加害者がカウンセリングを受けるのが当たり前」
というエピソードがありました。
確かにそうなのかもと。
人を蔑みバカにする人は
それだけできっと、どこかがおかしいのでしょう。
学生時代って、必死に頑張っている人とか
一生懸命やって失敗しちゃった子をバカにする傾向があるけども
バカにする方がバカだと
子供達にも教えていけたらと思います。
頑張ってる人を蔑むのなら
バカにされるべきは自分だよ。と。
それは身体的なことに限らず
環境や状況的なことも同じ。
あぁ、この感覚が自分の子ども時代にも欲しかったなぁ。
だったらもっと生きやすかったのになぁ。

↓ただただ人を傷つける人。きっとその人の方がどっかおかしい…。
●まーくんが死んだ時の『始まり』から読む→こちらだから目を向けた時は
大変だね。頑張ってるね。頑張ろうね。 負けんなよ。
とエールを心で送るようにしました。
見られたくないだろうとかは
「見られたくない存在だ」と勝手にこちらが決めつけていた。
猛省です。
人と違うのは仕方ない。
私も障害児だったので分かります。
でもただそれだけ。

フラットに考えられるようになりました。
大変なのは大変。
別に「悪いから」って目を背けるのがベストではないのかなと。
こんなに頑張って生きてるんだもの
周りであーだこーだ知りもしないのに言う人の方が
心を失った。貧しい人なんだと。
蔑まれたら、蔑み返してやりますよ。
だから、そっち側になりそうな時は
あぁ、自分はなんて浅はかでどうしようもない人間なんだと喝を入れます。
いじめでもそうですよね。
悪いのはいじめられる方じゃない。
いじめる方だと。
とある漫画で
「米国ではいじめが起こると
被害者ではなく加害者がカウンセリングを受けるのが当たり前」
というエピソードがありました。
確かにそうなのかもと。
人を蔑みバカにする人は
それだけできっと、どこかがおかしいのでしょう。
学生時代って、必死に頑張っている人とか
一生懸命やって失敗しちゃった子をバカにする傾向があるけども
バカにする方がバカだと
子供達にも教えていけたらと思います。
頑張ってる人を蔑むのなら
バカにされるべきは自分だよ。と。
それは身体的なことに限らず
環境や状況的なことも同じ。
あぁ、この感覚が自分の子ども時代にも欲しかったなぁ。
だったらもっと生きやすかったのになぁ。

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コメント
コメント一覧 (22)
せせらぎ
が
しました
せせらぎ
が
しました
障害があるとか無いとか関係無く、単に人の事をジロジロ見るのは失礼だから見ないだけって人も多いと思いますよ~
せせらぎ
が
しました
下の子が産まれるまでは、少し前までのせせらぎさん的(一般的)な考えでした。
でもそれも悪いとは思いませんよ。
下の子が産まれて色々衝撃で世界観変わりまくりです。最初の1年は泣く事が多かったし、誰かを恨みたい気分で普通の家庭が羨ましかったです。何度も時間が戻ればいいのに。あの時から人生やり直したいって思ったりもしました。自分が1番障害に対して差別心があったと気づいたのはやっと3年位たってからで、今は5歳ですが元気で楽しそうならもうそれでいいかなって感じです。
周りの目は、気になる気にならないは、見てくる人のオーラ次第なんですよね。だからあまり見ないようにしてくれるのは有りは有りで、不快な感じでジロジロ見られる以外は別に大丈夫です。
迷惑かける事も多いのでジロジロも仕方ないっちゃ仕方ないし。
「すみません」って言うスキルだけ上がりましたwでも内心は周りがどう見ようと私がこの子を可愛いと思う事は何も変わらないと思ってます。
話それましたが「思われるより思う方に問題がある」って、せせらぎさんが思ってくれるだけで、もうそれでいいです。私も大変な思いをしてやっとその境地に至るのに、せせらぎさんさすがですw
せせらぎ
が
しました
ですが、私は障害のある人を
見ないようにしてますね、
『普通に、そばに人がいる』
つもりでいます。
『障害があるから見られてる』
と思う人もいるのでは?と思う
から。
ただ人手が必要かも?と感じたら
手を貸せたら、と思ってます。
以前、障害ある方の言葉(テレビ
だったか本か忘れましたが)で
『できることがあることまで
手を貸してもらわなくていいけど
自分のできないことは手を貸して
もらえたら』と言ってたから。
それからは『何かあれば手を貸し
ます!』という心待ちでいます。
せせらぎ
が
しました
やっぱりせせらぎさん大好きだ。
娘と息子の障害を理解してから、私自身の障害についてもやっと腑に落ちて、その思考に辿り着いた。
「確かに不便ではあるけど、不自由ではない」とおっしゃってた障害者さんがいましたね。
現在働いている学童保育でも日々その問題に直面します。
障害なんかタダの個性でしかない。それを蔑みバカにする方が頭がおかしいんです。そっちの方が本当の意味で気の毒な人なんですよね。
有名な「みんな違ってみんないい」もしかり。
みんなそれぞれ違うに決まってる。
それでいい。それがいい。
そのことに気付けた自分にほっとします。
せせらぎさんも、心と魂が磨かれてるから、今日の思考を発信してくださった。一緒に心でエールを送り続けたいと思います。
感謝しています。ありがとうございます。
やっぱりここはパラダイスだあ〜っ‼️
せせらぎ
が
しました
今日もありがとう。
私、そういう方に出会ったとき、見ないようにしていました。
違いますよね。本当に。
昨日、将来のパラアスリートを育てるという番組をNHKでやっていました。
手のない子供、足のない子供、たくさんいました。
学校で「手なし!」と言われて悔しいと言っていました。
親御さんの気持ちを考えました。
今度そういう方に出会ったとき、心から笑いかけたいと思います。
せせらぎさん
ありがとう。
せせらぎ
が
しました
とっても心に響きました。せせらぎさんの思慮深さにじーんときています。
私の夫は繊細で優しく真面目で、その分幼少期から周囲に馬鹿にされてしまうことがあったようで今でもその話を思い出すと胸が締め付けられて、この世はなんて厳しいのかと悲しくなります。
米国では加害者がカウンセリングを受けるのですね。人を傷つけて何の学びも反省もしないなんて、間違っていますよね…日本も、もっと被害者に優しくあってほしいです。
せせらぎさんの言葉は今も苦しんでいる人を救ってくれる言葉だと思います。
私も、死別を経験して自分がなんて浅はかであったか痛感しました。
この学び、気付きを忘れないようにしたいです。
せせらぎ
が
しました
自分自身のコンプレックスが原因で、人の見た目の美醜にこだわりを持ってしまう自分が嫌でした。最近子供も同じ様なこだわりがある事を感じてどうしたら良いのかとモヤモヤしていました。
人をバカにしたり笑ったりすべきではない
当たり前の事なのに、読んでハッとしました!
せせらぎさんいつもありがとうございます^_^
せせらぎ
が
しました
障害を持った方々に小さい頃から少し抵抗(言葉足らずで本当にすみません。差別しているという訳ではないのです)があって、どう接したらいいのか分かりませんでした。障害をもつ方々とも変わらずいつも通り接している友人が羨ましかったのをよく覚えています。
大人になってもその気持ちのまま来てしまって、自分の子どもたちにはそういう風に思って欲しくない!障害のある無しで分け隔てなく友だちになってほしい!とおもってはいましたが、どうしたらいいのかもわからず。。
こちらが変に気を回しすぎるからおかしくなってしまうのですよね。かと言って見られる側のお気持ちも千差万別だろうし、そこのさじ加減が難しいのでしょうが。。
わたしもお見かけしたら心の中でエールを送りたいと思います!(毎日がんばるせせらぎさんにも心からのエールを!)
せせらぎ
が
しました