コメントで
台風21号の“フェイクニュース”により自死された台湾の外交官がいたことを知りました。
簡単にいうと
台風21号により関西空港で孤立した乗客たちを
中国領事館が独自で中国人たちを救出。

その行為がSNS上で拡散され賛辞を浴びる中
同じような立場の台湾の外交官は何をやっていたんだ。
と一人の外交官に市民、メディア、政治家が非難轟々。

その外交官が命を断つという結果になったという話です。
そして、その中国領事館の行為はフェイクニュースだったのではということです。




すごい深い話だなと思いました。
SNS上で拡散した人たちはただ自国の行為を褒めていただけだし
台湾の外交官を責めていた人たちは、それが事実だと疑いもせず責めていたわけだし


単なるいじめじゃん!となるけども
もし、外交官の怠慢があったのだとしたら、それはいじめではなく追求だし。


誰が悪いとか、どうしたら良かったとか
答えが出ないくらい深い。

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情報の真偽って見極められるものではないのかもしれません。
それがSNS上やネットの情報であれば尚更。


個人の見解や不確かな情報が
あたかも裏が取れてる正しいものだとして広がっていく。




私はブログをやっていますが
ここで、「私は実は社長令嬢です」と言えばそうなります。
例え事実と違っていたとしても。

誰かが「子供達はまーくんの子じゃないらしい」と言えば
笑えるほど見当違いだったとしても「そうらしい」という情報が流れて行きます。

究極を言えばまーくんは死んでないかもしれない。(ちゃんと死んでいますよ。笑)


もしかしたら本当のことなんて一つもないかもしれない。
それくらい適当で、ある種信頼で成り立っている場所なんだなと。

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ネットだから、顔が見えないから好き勝手言って
正しくない情報が流れ、誰かを傷つける。
そんなことはしてはいけない。


でもそれってネットだけの話ではないはず。
顔が見えていたとしても同じこと。

あの人がそう言ったから、この人はこういう人なんだ。
そういう噂が立っているからそうなんだ。


本当大っ嫌いでした。
真偽は確かめずに、噂だけに流されて
それをまた噂として流す。そんな女子。(あ、力が入ってしまった。)

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真偽が分からないからこそ
自分の目が大切なんだと思うのです。

何を信じて、どう捉え、どう解釈して吐き出すのか。
その吐き出し方は正しいのか。

好きなものは良い。褒めるのは素敵。
例え間違っていても言われたら嬉しいじゃない。


考えなきゃいけないのは誰かを非難する時。
仕方があるのだと思う。
その人だって生きてるのだもの。
誰かの大切な人なのだもの。


発信する方も受け取る方も
誠実でないといけない。


ネット云々じゃなくて、人としてちゃんと見極めて行かないと
一人一人考えて生きていかないと
恐ろしい世界になるんだろうなと。


『ネット社会の怖さ』
『人の無責任さ』
私が調べたネットの上記の記事も究極は何の根拠もないもの。
そう書いてあるからそうなんだと。

改めて一人一人の心の持ちようとか
何を大切にするかとか
傷つけるとはどういうことかとか
苦難に対峙した時にどう考えるのかとか
本当多くのことを考えさせられました。



何を信じるか。
信じたいものを信じていい。
好きなことを言っていい。
(平野くんが本当はどんな人かなんて分かりません。でも信じたいとこ信じて大好き。)

だけど
否定することだけは責任を持つべきだと思います。
ネットでも、友人でも、家族でも。

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ちなみに、せせらぎ家のルール


『悪口を言ったら、良い所も言う』


散々仕事上の愚痴や不満を吐き出しているまーくんに
「はい。その人の良い所言って。」と言わせていました。

人を汚す言葉は自分も汚します。
負の言葉は回り回って自分にも毒です。
言霊ってやつです。

だから毒で終わらないように、良い所も見れるように
何でも良いから言わせていました。


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黒い自分で終わらない。
大事なことだと思います。

情報に踊らされない。
流されない自分になりたいです。


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