まーくんと一緒にいて学んだことがあります。

『正論を振りかざしても仕方ない』


『人を変えようとするくらいなら自分が変わる』


『好きなとこだけに目を向けていく』



お気付きの通り、まーくんはしょーもないところが沢山ありました。


大抵のケンカはまーくんが悪い。
しこたま飲んできて寝坊をして
次の日の約束を破ったり
それを謝らなかったり。


ちっとも反省した態度をとらず
むしろ私の怒りを察知して不機嫌になる。

怒鳴りつけたって仕方ないから諭すように話しかける

「約束は守ってほしい。
守れないのなら、守れないとわかった段階で言うべきだし、破ったのなら謝るべきでしょ。」

至極真っ当な意見。



それに返ってきた言葉


「そんなこと分かってる。
正論言われたって仕方ない。」



目からウロコでした。
正論言って跳ね返されたらもう何も出来ません。

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そして気づきました。

大事なのは正論を言うことじゃない。
自分の想いを相手の懐にさり気なく忍び込ませること。

人を押さえつけるような言い方は
反発を買い、耳を傾けてくれません。


あなたが悪いのよ。ではなく、
私はこうして欲しい。
こうしてもらえないと悲しい。

あなたの問題ではなくて
私の問題を解決して欲しい。


「約束したじゃん!なんで起きないの!?信じられない!」
と喚いていた時より


「出かけられなくなって悲しい。
楽しみしてたのに…」
の方が相手の反省が感じられます。

前者はお互いにギャーギャーギスギスするだけ。

後者は寿司が奢ってもらえます。

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二つ目、


『人を変えようとするくらいなら自分が変わる』


一つ目と同じような理由で二つ目に行き着きました。

変えようとしたって無駄だと。
自分の心持ちを変えた方が何万倍も楽だと。


どーしても許せない時は爆発しますけどね。
そして珍しく爆発し、口も聞かず目も見ずの最中にまーくんは死にました。


そして学んだ三つ目。


『好きなとこだけに目を向けていく』


違う人間だもの
全てを理解して思い通りにさせようなんて出来はしない。

嫌なとこはあった
それでも大好きだった。


嫌なとこを見て、どうしてそうなんだ。本当に嫌だ。とイライラしていました。

良いところだけを見れば良かった。
大好きな人と一緒にいたのに
嫌なところをつついて、思い通りにさせようとして
なんて無駄な時間。

好きなとこだけを見つめて
全部を幸せな時間で満たせば良かった。

それが出来る方法を考えれば良かった。

↓友人の状況を見て改めてそう思いました。

まーくんからは生きている時も死んでからも、
生きるヒントを貰いました。

批判したって罵倒したって何も生み出しません。
そんな事をすることの何たる無駄か。
そんな事してる暇があるなら楽しいことやれよ。
つくづく思いました。

次に繋がらないし、ギスギスするし良い所まるで無しです。


まーくんからの学びは
どれも自分の心を強くするしかない。
鍛えられていましたよ。常々。


最上級の鍛えが今行われています。
心の鍛錬が尋常じゃないです。

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人はあくまで他人で、自分ではないと言うこと。
全く別の考えと生き方を持った別の生物だということ。

その中で好きなとこを見つけて
寄り添って生きていければいいということ。



ありがとなまーくん。
キミのおかげで強くなるよ。

まーくんを知る人は皆
大好きだけど結婚とか無理!と言います。

本当にいい嫁貰ったよ。
こんなにキミを分かってくれる嫁はいないね。
お互いに最高のパートナーだったのに。

 クリック蘭


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