部長とランチをしていて
ブログをやっていること、公式化する事を話しました。

すると、ブログを読んでくれてるのかそうでないのかは分かりませんが


「エッセイストになればいいと思ってた。」


そう言われました。




いやいやいや、まさかまさか。
でも何だかずっと頭の片隅にある“エッセイスト”という言葉。


『エッセイ』


自由な形式で気軽に自分の意見などを述べた散文。
ということらしい。


私のブログは文字主体。
日々の出来事を綴りながらも、それの捉え方、感じ方、精神論を自由に気軽に述べています。

もはやこれはエッセイなのでは…。



考えれば文字に触れてた幼少期。
次の本を買ってもらうために、読んだ本の感想文を書き(本を買う時のルールだった)

創作物語を、当時のゴツいパソコンでワードで書くという幼稚園児時代。
(今となってはまさか!と思うけど、記憶違いでも小学校低学年。それでもすごい…)

書いては賞に応募するを繰り返していました。

もちろん賞にあたるような事はなく、(だってプリンセスと王子様の恋愛夢物語。笑)
特段文才に優れているわけでもありません。



それでも書くのは好きなのだと気付きました。
でなければ一年半以上も毎日毎日文章を作ることもないでしょう。

仕事で書いた企画書を
「すごい伝わる。」「感動した」とやたらに褒めてもらいました。



伝わる文章を書く。
伝えたい言葉を届ける。



すごい事だと改めて思いました。
難しいことだとも知りました。


そしてエッセイストになるには…
特に資格も後ろ盾も必要なく
名乗ったらそれはもうエッセイストらしいです。
自称エッセイスト。笑

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まーくんが死んで
世界が変わって

世の中の見え方
人の見え方
全部変わりました。

なぜ社会はこうなのだろう。
どうして人はそうなのだろう。
やってないことをしてみたい。
爆発した探究心。


人生とはなんなんだ。
幸せとはどういうことなんだ。


すごく考えるようになりました。




私になれるだろうか。

人生の幸せを説くような人に。
今の幸せを気づかせられるような人に。


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部長はこの会社で、この部で部長をしていたことを、
まーくんが死んで、その後の爆発した業務の整理に対峙して
このために自分はここにいたのだと思ったそうです。
天命だったんだと。


私も感じています。
まーくんが死んだことで何か自分に与えられたと。


運命はきっと繋がっている。
繋げていくのは自分。


なれてもなれなくても良い。
1ヶ月後には違うものを目指しているかもしれない。


でも今心が向く方へ目を向けてみる。


ひとまず沢山本でも読んでみようかしら。


↓無くなった未来があるのなら、新しい未来を描いてみてもいいじゃない。


※まりもさん
LAってすごいですよね。本当に世界は繋がるんですよね。
もう国境超えなくてもやりとりができる世界。
世界はどんどん広がっていく。自分の世界も広げていかないと。
彼らがスーパーマンになったのなら、私たちも地上でスーパーウーマンになりましょうね。


 クリック蘭


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   どんどん増えていくでしょう。

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