友人とランチに自由ヶ丘という街へ行きました。
その隣の駅『都立大学』
ここは私とまーくんが住んだ街です。
ここで降りて自由ヶ丘まで歩くことにしました。
ここで降りて自由ヶ丘まで歩くことにしました。
別に行かなくてもいい。
悲しくなるだけ。
泣かないわけがない。
それでも行きました。
彼との、もう作ることができない
思い出を探しに。
悲しくなってもまーくんを感じたかった。
忘れているまーくんを思い出したかった。
ここはまーくんが住んでいた街。
私が転がり込んで半同棲して
一緒に住む部屋を探した不動産屋
二人で住んだ部屋
よく買い物をしたスーパー
結婚が決まった居酒屋
ウェディングドレスを着て出発した場所
けーくんの妊娠が分かった産婦人科
手を繋いで歩いた道
よく行ったお店
思い出に溢れていました。
まーくんの空気を感じました。
もうどこにもいないはずなのに。
やっぱり泣きましたよね。
それでも街は
変わっていないところと
変わったところがあって
いつまでも時が止まってはいません。
一番驚いたのは、一緒に住んでいた部屋がオートロック仕様になっていたところ。
誰でも入れたやーん!
て、オートロックって後付けできるんだ…。
何なら部屋の前まで行ってやろうと思ってたのに
入れなかったよ。まーくん…。

思い出はそのままに
時間は経って、多くのことが変わっていきます。
泣いたけど、切なかったけど、
それでも何かが吹っ切れた気がしました。
まーくんはずっと、
あの頃のまま思い出の中にいて
私は次に歩き出してるんだ。
それはやっぱりすごく悲しいことだけど
進んでいくしかないんだと感じました。
これはいわばショック療法。
あえて辛い思いをして
大丈夫な場所、こと、物を増やす。
避けていたらきっとずっと失ったことが怖いまま。
ちゃんと思い出にするために
ちゃんと向き合わないと
思い出にできない。
もういないんだ。
まーくんはもう思い出なんだ。
それは事実。
どうしたって事実。
向き合ったことには対処できるようになります。
泣きながら歯を食いしばりながら
受け止めて、受け入れて、
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『せせらぎ通信』はいかが?
サイドブログを立ち上げております。
癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。





コメント
コメント一覧 (25)
私も命日に思い出の場所を巡りました。
旦那の気持ちに近付きたくて、いっぱい旦那を想いたくて。いっぱい泣いたけど、気持ちは穏やかでした。
でも普段はやっぱりそういう場所は避けています。心の準備があって行くのいいのですが。最近は気付かずに行ってしまい、地雷を踏みまくっています(T_T)
思い出さないようにしているみたいで、その場所に行ってフラッシュバックしてしまい撃沈する事が何度かありました。気を付けないとです。ハァーー(´д`)
せせらぎ
が
しました
せせらぎ
が
しました
結婚した上の娘が、毎週末来てくれて「お父さんとの思い出がない店に連れて行ってあげる」と、結構遠くのお店に連れて行ってくれました。しばらくは食料品の買い物もふたりで行った事のない所を選んでいましたね。
4ヵ月たった今は、普通に行っていますが、あちこちに思い出があってため息をついてばかりです。でも、避けてばかりではどこにも行けないので少しずつ範囲を広げています。高校生の下の娘と思い出話をしながら...
せせらぎ
が
しました
旦那といったことがない場所にご飯食べにいったりしてます。
ちょっと思い出の場所にいったら、あーだったなーこーだったなーってなんたが悲しくて寂しくて。あの頃は本当に幸せだったなーって思います。。
ショック療法かぁーー涙
せせらぎ
が
しました
苦労して立ち上げた事業を人に譲りました。
最初は1人で…
子供が幼稚園にあがってからは2人で…
ずっと過ごした職場…
続いていく事に感謝しつつも、変わってゆく内装、外装に心がギューっと締めつけられます…
前を見て、前を向いて。
もう春ですね。
せせらぎ
が
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私も少し前、ちらりと、少しだけ、
思い出の街に足を踏み入れました…
ミモザの大きな木があってそろそろ花が咲く頃かな?見たいな〜と思って♪
引っ越しから2年くらいですが、街並みってこんなに変化するのかな?(°_°) ってくらいあっちこっち変わっていて…
時の流れを見せつけられました…
ショック療法になっているのかわかりませんが…
忘れないでいいこと、忘れないでいること、色々な想いを全身で感じてきました( ´ ▽ ` )!!
せせらぎ
が
しました
旦那が働いてた会社です。そしてそこは私も以前働いてた会社で、旦那と私が出会った会社です。駅からオフィスまでの街並み。ランチの店。エレベーターやデスクの並ぶ雰囲気。ここに居たんだ、ここで頑張ってたんだ、って思うと色々と込み上げてきました。
この度、色々とご縁があって、9年振りにその会社に復帰する事になりました。フルタイムではなく、まずは週何日かのアルバイトです。以前、目安箱の仕事復帰の話題の時には、まだ踏ん切りがつかないでいたんですが、遂に一歩踏み出しました。
そう、まさに、せせらぎさんと同じなんです!!
旦那も私も知っている元上司や同僚達が、私が1人でいるのを心配し、何でもいいからとりあえず会社来てここ座っとけ、みんなの側にいるだけでいいから、◯◯(旦那)もそれで安心するよ、って。
これからしばらくは、思い出に浸りながら少しずつ前に進む日々になりそうですが、私達夫婦の事を良く知る仲間達に囲まれて、旦那の思い出話も気兼ねなく出来るし、急に泣きモードに入ってもわかってくれるし、みーんな味方だよ、って雰囲気が本当に有難いです。
せせらぎ
が
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皆さん🎵
「ショック療法」の場数を踏んで、平常心に戻る作戦ですね✨
戻る?
いや?
ちょっと違うのか?
今年は、去年の反動で駄目駄目です。。。
せせらぎ
が
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これからも一緒に沢山の思い出を作っていくはずだったのに・・・。
彼が隣にいないことは、本当にツラくて哀しくて堪らないけど、嫌でも時間は流れて変わっていく。
ゆっくり、時に立ち止まりながら、逃げちゃうこともあるけれど、陽だまりの様な思い出と共に笑って生きていきたいナ~。
せせらぎ
が
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その日は、娘と二人、一度目のくも膜下出血から生還したお祝いに行った旅館に泊まります。
ずっと授からなかった子ども…もう夫さえいたらいいやと思っていたけど、その旅館の近くにたまたまあった、子宝を授かるという双子杉がある神社にお参りしたら、翌年、娘を授かりました。
夫と娘と三人で、お礼参りにも行きました。
そんな思いで一杯の旅館と神社に行ってきます。
ショック療法ですね。
変わらないもの変わったもの、いろいろあって泣くでしょう。
でも、せせらぎさんの言うとおり、私たちは生きていかなきゃいけないですもんね。
行ってきます!
せせらぎ
が
しました
一緒にしていたことができなくなっただけでなく、少しでも思い出があった所も無くなる。
新しい経験を自分一人でしていくことを、いちいち考えては悲しくなっていました。
まもなく2年、新しい経験を積み重ね、少しずつ進んでいます。
せせらぎ
が
しました