私の人生。
いつが一番幸せだったのでしょうか。
やっぱり、結婚して家を建てて
可愛い我が子が二人
尊敬できる愛する旦那様
生活に何の不安も不満もなくて
毎日楽しくて
そんな暮らしをしていた時
そう
まーくんが死ぬ直前までの日々

一番幸せだと思っていた状態からの急落。
人生の天国から地獄へ。
その時はその時で「幸せだなぁ〜」とは思っていたけども
もっと噛み締めておけば良かったと思う。
きっと今は周りからしたら不幸でしょう。

それでも、今が一番幸せだと思います。
思うようにしています。
今までを含めてではなく
これから先を考えて。
今までを含めちゃったら、そりゃあ4人で過ごしていた時が一番幸せだった。
それ以上の幸せはない。
でも、だからといって、
これから先の長い人生。
あの時が一番幸せだったと思って生きていきたくない。
苦しい気持ちも、えぐられるような辛さも持ち合わせてはいますが、
今までのどんな時より楽に生きられるようになりました。
死ぬことに比べたら
大概の悩みなんて本当にどうでもいい。

辛いけど、今、私は幸せだなぁ〜。これ以上はないかも。今がピーク。
そう思うようにしてます。
もしこの先、より幸せになったとしたら、それはそれで幸せ度を更新するだけ。
もしこの先、今より不幸な状態になったとしても
実は幸せであった今をちゃんと分かって、その時の幸せを噛み締められたと思うから。
まーくんのいない悲しみには、そっと隠れておいてもらって
今の幸せに目を向けて、幸せを感じます。
強がりだと思うでしょ?
違うんです。
『今が一番幸せ。』
失う事を覚悟している言葉です。
得ることは容易くない。
失う事なんて、ぼーっとしてても失っていく。
子供達の離れていく手
先に死ぬだろう両親
私の命すらいつ終わりが来るか分からない
もし、身体に不自由を負ったら…
手や足を失い、目を失ったら…
友が死んだら…親が死んだら…子供達が死んだら…
そういう未来を覚悟する言葉。
そうなってしまったら、泣きながらそれを受け入れるしかありません。
でも今は、全部持ってるじゃない。
今を幸せだと思わなくてどうするの。
そう思って生きた方が
人生を何倍も大切にできる。
だから
『今が一番幸せ。』
そう思わなきゃいけないんです。







コメント
コメント一覧 (26)
今、いろいろな人やものに支えられて日々を過ごせる幸せ
別物だけど、過去があるから今の幸せがある
一人だけど、二人で生きている
そう思えるようになってきました。
そう思えるようになったのも、幸せなことですね
せせらぎ
が
しました
なんかこわいなー ってよく感じたことを覚えています。
今は 彼に恥ずかしくない過ごし方を探りながらの日々です。
あの時が 確かに最大限に幸せな日々だったけど、今もそれの延長線上にいるのかな とも思います。だいぶしっかり 頑張れるようになっても 全然さみしいし よく泣いてるけど、彼と繫がりのある人や そこで繋がったご縁に助けられる度に 私の中に彼がいるなって思います。
今が幸せって 心から言えるようになるかわからないけど、こうなったから 幸せじゃなくなったっていうのも違うし
彼と会えたことは 間違いなく人生最大の幸せだから 強がりでもなくて
やっぱり自分は幸せ者なのかなって思います😢
せせらぎ
が
しました
主人をなくして、時間の流れがゆっくりなような速いような不思議な感じですが、私たちは明日のことだって、どうなってるかわかないんだなって思うようになり、今が1番幸せなんだなって感じるようになりました。
せせらぎ
が
しました
そう思うのは大変ですね。
旦那とは20代のはじめに結婚して、本当なら今年の秋に銀婚式でした。人生の半分以上を一緒に過ごして、ケンカも沢山したし、離婚寸前のケンカもしました。
でも、やっぱり旦那のいる事が一番幸せだったと今更ながら思います。
あまぐりさんと一緒で、なかなか気持ちの切り替えが出来ません。
今が一番幸せ。と思える様になるにはもう少し時間が必要かなぁと思います。
せせらぎ
が
しました
旦那が生きていた頃、事あるごとに「あなたと結婚できてよかった。」「あなたの奥さんでいられて嬉しい。」と伝えていました。
旦那は嬉しそうに「ありがとう、俺も。」というのがお約束で、その頃は毎日、今が1番幸せを更新していたと思います。
けれど旦那が死んでしまって、私が生きているのが苦しくてやりきれない。何故死ななくてはならなかったのか、と、理由を求めてしまう。対峙すればするほど心が砕けてゆく。
今、普通に暮らせているのは本当に有り難いと思うけれど、幸せという感覚は湧かなくて。。
でもいつか、今が1番幸せ、とまではいかなくても「私、この暮らし気に入っているのよ。」くらい言えたらいいなと思っています。
みなさんの前向きなコメントの中、愚痴ばかりでごめんなさい。。。
せせらぎ
が
しました
旦那が死んでから、思い返すと、今まで私の周りでずいぶん亡くなった人がいた事に気付きました。
五歳の時に母方の祖母、小学生の時に伯母、その後、母方の伯父、中学時代に仲の良かった友人、高校時代の部活の顧問の先生の奥様、職場の園長、父方の伯父、6年前くらいに母方の祖父、父方の祖母、四年前に父、それから、子どもの友人のお父さんが二人。
母方の伯父は、奥さんを二人とも死別されていました。最後は、自宅で孤独死でした…発見されるまでずいぶん長かったようでした。
40年くらいの間にこんなにも人が亡くなっていて、でも、私は、何不自由なく生きていて、元気な子どもたちも三人もいる。これが幸せでなかったら、何が幸せなんでしょう。
今、目の前にある幸せに気付くこと、素晴らしいことですよね!
せせらぎ
が
しました
そーだそーだ。
せせらぎさんの文章に胸打たれすぎて最初から最後まで、大きな声で音読しちゃいました。
今日も笑顔で☻
せせらぎ
が
しました
夫がいた4人での生活は、ほんと幸せでした。
突然死からの地獄。
でも、今は今で子供たちとなに不自由なく生活できるのは幸せなことです。
そう思わせてくれてありがとう!
せせらぎ
が
しました
苦難乗り越えた人って、ほんとに何倍も大きくなれるのですよね!
その大きくなった懐に、たくさんの人が「飛び込みたい!」て思えるような人間になれたら、とっても幸せだと感じると思う。
幸せになるかならないかは、自分次第ですよね。
今までだって、自分で掴んできた幸せだもんね。
素敵な旦那様、奥様と出会えたのだって自分の力。
だからこれからだって自分次第で幸せ掴めるんだから、自分に暗示かけるのってすごく大事なことだと思います。
思い込むとそうなっていく。
せせらぎさん、ありがとう!
いつもだけど、特に今日は勇気づけられました。
幸せになろう!!
せせらぎ
が
しました
夫が元気だった頃から私はよく友達に夫のことーあの人がいないと生きて行けない、あの人さえいれば何があってもなんとかなる、何が恐ろしいってあの人が死ぬことが1番恐ろしいーと言ってました。
なので末期がんが見つかって治療をしている時に私は、円形脱毛症が直径10センチを超え、足に虫がゾワゾワ這い上がってくる幻覚が起き、オネショを繰り返しました。
夫が死んで、まだ乗り越えたとは言えないけれど、何より恐ろしかったーあの人が死ぬことーが終わってしまい、ある意味私にはこれ以上恐ろしいことはもうないんだーと思うことにしました。
そうまで思える人と結婚し娘と息子を授かり最後まで私を愛してくれて、この先も誰にも奪われることはない。これを幸せと言わずして何が幸せなのかーと思うことにしました。
今が幸せーと思わなければなりません。
毎日泣くけどね。
せせらぎ
が
しました
親の緊急搬送&入院 や 子供の受験&反抗期、 職場のイザコザなど 周りの皆さんは 気持ちをすり減らしている中 なんの心配もいらない自分がいましたよ
まさに 今ある 幸せだけと向き合って生きています
せせらぎ
が
しました
今が、この時が一番幸せ、この幸せを噛み締めとかないと!って私も思います。
せせらぎ
が
しました
失うことは失う前には気がつかないから、
激しく同意します。私も普通の生活がどれほど幸せなのかはその時に気がつけませんでした。
せせらぎ
が
しました