世の中には経験しないと分からないことがあります。
その人の立場に立って考えることはできる。
でも実際に、その人の立場にならないと分からないこともあるんです。
死別は悲しい。辛い。それこそ経験しなくても想像し得る。涙も出るくらい。
でも
実際はそれ以上。
世界の真っ暗闇も、世界の輝きも想像できるレベルを超えています。
死者に対する想いも時間の速度も当事者にならなければ感じられない。
資格を取る話をした時に、私は勉強しながら泣けるという話をしました。
本当に切実に健康というもの、ちゃんと食べて生きるということ涙が出るほど胸に刺さります。
でもその話を聞いた友人は
「…へー。ふーん。」という感じ。
もちろん温かい気持ちで、優しい眼差しで(せせらぎは実際こういうことがあったから)と受け止めてくれますが
それが自分が対峙しているものだとは微塵も思わない。

死というもの、病気というものは別の世界の話。
それと向き合ってしまった私は、別の特別な人。
スピリチュアルな人の話をしても「…へー。ふーん。」否定はしないけど、やっぱり生暖かい目で見守られている感じ。
分かってほしい。というのも土台無理話だとも分かっています。
愛する人が目の前で冷たく空っぽになってしまった姿。
限りのある人生だ。ということが理屈として分かっているのではなく体感してしまった。
その衝撃は人生観と世界観を覆すものでした。

明け方、一人トイレに座っていると
トイレに隣接する部屋から突如アンパンマンマーチが流れました。
おもちゃの音楽。

アンパンマンのぬいぐるみの頭を叩くと音楽が鳴りながら動き回るもの。

もちろん誰も押してはいないし、落ちてもいませんでした。
動き回るはずなのに、いつも置いてある幅の狭い場所から微塵も動かずにいました。

そんなことあるのだろうか。
きっとまーくん。

でも、この話をしてもきっと(せせらぎはそういう経験をしたからそうだよね)と生暖かい眼差しで見られて終わるのでしょう。
絶対まーくんだよ!と思うかもしれないし言ってくれるかもしれないけど、
それはきっと、私とは違う気持ち。
だから話しません。あえて寂しい気持ちになることはしなくていいかなと。
世界は限りある尊いものです。
人生一度きり。
仕事の効率やマネジメント的はことを任されました。(『そのポジション、私が一番適任でしょう』)
一番大事なのは生活です。
もちろん仕事はしないと生きてはいけないし、嫌でもやらなきゃいけない大事なことだけど
生活を壊してまでやらなきゃいけない仕事なんてないと思っています。
激務を経験し、今もプライベートを潰してまで働いている人たちを見る環境にあるのでより強くそう思います。
でもきっとそれも、死を近くに感じた私だから思っていること。
永遠に続くと思っている人たちは(理屈では終わりはあると分かっていても)
今の現状に我慢をして、時間が経つのを待って日々を過ごしていくのでしょう。
今を楽しんでほしい。
明日はないかもしれない。
今、充実だと思える生活をしてほしい。
明日死んでも後悔しないように生きてほしい。
でも、きっとそんな想いも届かないのでしょうね。
「それは理想論で実際は無理でしょ」と。
明日死にます。となった時に無理をしてやって来た人は何を考えるのかな。
文春読者のまーくんが生前
「働き盛りの若い男性が死に直面した時思うことの第一位は「もっと家族といればよかった」だってさ!」と言っていました。
(お前のことやーん!)

経験してないからわからない。
だからこそ、経験した者の話には強い説得力があるのかもしれない。
伝えていこう。
今を、楽しく健康に生きてほしい。ということを。
↓仕事って、生きる力にもなりますけどね。
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癒された曲や、手続きの話など
死別時に役に立てたらいいなという情報やらを書いています。(情報サイトです。)

文字多めで難しい話もありますがイラストも描いています。
わかりやすく説明している。つ・も・り。
よろしかったらのぞいて見てください。
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でも実際に、その人の立場にならないと分からないこともあるんです。
死別は悲しい。辛い。それこそ経験しなくても想像し得る。涙も出るくらい。
でも
実際はそれ以上。
世界の真っ暗闇も、世界の輝きも想像できるレベルを超えています。
死者に対する想いも時間の速度も当事者にならなければ感じられない。
資格を取る話をした時に、私は勉強しながら泣けるという話をしました。
本当に切実に健康というもの、ちゃんと食べて生きるということ涙が出るほど胸に刺さります。
でもその話を聞いた友人は
「…へー。ふーん。」という感じ。
もちろん温かい気持ちで、優しい眼差しで(せせらぎは実際こういうことがあったから)と受け止めてくれますが
それが自分が対峙しているものだとは微塵も思わない。

死というもの、病気というものは別の世界の話。
それと向き合ってしまった私は、別の特別な人。
スピリチュアルな人の話をしても「…へー。ふーん。」否定はしないけど、やっぱり生暖かい目で見守られている感じ。
分かってほしい。というのも土台無理話だとも分かっています。
愛する人が目の前で冷たく空っぽになってしまった姿。
限りのある人生だ。ということが理屈として分かっているのではなく体感してしまった。
その衝撃は人生観と世界観を覆すものでした。

明け方、一人トイレに座っていると
トイレに隣接する部屋から突如アンパンマンマーチが流れました。
おもちゃの音楽。

アンパンマンのぬいぐるみの頭を叩くと音楽が鳴りながら動き回るもの。

もちろん誰も押してはいないし、落ちてもいませんでした。
動き回るはずなのに、いつも置いてある幅の狭い場所から微塵も動かずにいました。

そんなことあるのだろうか。
きっとまーくん。

でも、この話をしてもきっと(せせらぎはそういう経験をしたからそうだよね)と生暖かい眼差しで見られて終わるのでしょう。
絶対まーくんだよ!と思うかもしれないし言ってくれるかもしれないけど、
それはきっと、私とは違う気持ち。
だから話しません。あえて寂しい気持ちになることはしなくていいかなと。
世界は限りある尊いものです。
人生一度きり。
仕事の効率やマネジメント的はことを任されました。(『そのポジション、私が一番適任でしょう』)
一番大事なのは生活です。
もちろん仕事はしないと生きてはいけないし、嫌でもやらなきゃいけない大事なことだけど
生活を壊してまでやらなきゃいけない仕事なんてないと思っています。
激務を経験し、今もプライベートを潰してまで働いている人たちを見る環境にあるのでより強くそう思います。
でもきっとそれも、死を近くに感じた私だから思っていること。
永遠に続くと思っている人たちは(理屈では終わりはあると分かっていても)
今の現状に我慢をして、時間が経つのを待って日々を過ごしていくのでしょう。
今を楽しんでほしい。
明日はないかもしれない。
今、充実だと思える生活をしてほしい。
明日死んでも後悔しないように生きてほしい。
でも、きっとそんな想いも届かないのでしょうね。
「それは理想論で実際は無理でしょ」と。
明日死にます。となった時に無理をしてやって来た人は何を考えるのかな。
文春読者のまーくんが生前
「働き盛りの若い男性が死に直面した時思うことの第一位は「もっと家族といればよかった」だってさ!」と言っていました。
(お前のことやーん!)

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だからこそ、経験した者の話には強い説得力があるのかもしれない。
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コメント
コメント一覧 (52)
祖母が亡くなった時は、初盆の時に親戚の家でみんな揃って就寝中に、真夜中にお猿がシンバルを鳴らす玩具が鳴り出して、こちらの心臓が止まるかと思うほどビックリしました。
しかし、翌朝見てみたらなんと!電池が入っていなかったんです。
お婆ちゃんの仕業だとみんなで泣き笑いしました。
昨年父を亡くしましたが、父は生前に、死んだらどうにかしてみんなに存在を知らせる合図を出す!と常々言っていました。
父の通夜の日の夜、葬儀会館控え室で布団を用意してもらい、葬儀まで少し休もうと朝5時に寝たら、6時にいきなり控室のテレビが着きました。父の好きだったNHK…
もう少しだけ寝かせて欲しかった。とまた泣き笑い。
魂は電気系統に働きかけるのが得意なのかも。と勝手に納得しています。
せせらぎ
が
しました
アンパンマンのおもちゃ、うちも鳴ります。写真に話しかけてる時や、息子とパパの話をしてる時など...ビックリはするけど、温かい気持ちになって、思わず話しかけてしまいます。
せせらぎ
が
しました
せせらぎ
が
しました
私も旦那さんが生きていた頃は、死、なんてまだまだ先のことと思っていました。
33歳で旅立ったのですが、32歳の時に保険の見直しをしたんです。そしたら、死亡保険もいらないし、働けなくなったときの保険もまだいらないでしょうって言われて。
私も子供が出来たらまた見直そうって簡単に考えていて…
それから半年後に余命一年という宣告を受けたんです。
人生って、本当に何が起こるか分からないですね。
余命宣告されて旦那さんが言ったことは、
もっと旅行に行けばよかった…。なんであんなに仕事頑張ってたんだろう。
でした。
せせらぎ
が
しました
そして、私の場合、「見えなくてもいいから」と、彼を探す自分自身にも生暖かい目を向けていた事にも気付きました。
あと、他の人がわかってくれない!という思いが知らないうちに積み重なり、さらに言われてない事まで妄想して、心を固くしていました。
最近ちょっと、考え疲れていたので、、
寝る前に、勇気を出してぼーっとしてから寝るようにしたら
朝起きると、彼と居た時の朝の安心感みたいな、ほんわかした感覚を感じるようになりました。
私は特に、仏教でさえ「現世利益だ」的なスピは×な考えの実母と、
信仰深い彼の母を見てるせいか??…
特に彼が亡くなる前から心理や精神世界に興味が出た自分に、否定的な感情を持ってることに気づきました。「見えない力に頼ったらいけない」みたいな考えが自分に根付いていた。
けど!よく考えたら、見えないもののほうが、科学的にも多いし、こうしてコメントしたり泣いたり悲しむ「気持ち」も愛も、見えないですよね!!
せせらぎ
が
しました
すると、蝋燭の炎がなぜか大きくなります。
スピリチュアルかもしれないし、私の鼻息のせいかもしれません。(揺らいだりはしない)
私は勝手に母の機嫌よし!と思っています。
ちなみに不機嫌?と聞くと、蝋燭の炎が縮むんですよね。。。
せせらぎ
が
しました
隣の席の年配の同僚が、あけましておめでとうとと挨拶してきた時には、驚きと悲しみでいっぱいでした。
喪中ですので、年始の挨拶は控えさせていただきますって、声に出せた事、自分で褒めてあげたいです。
夫とは同じ職場だったから、その人も一緒に働いた事があるのに、所詮他人事で、自身も3年前に父親を亡くしてしまったのにと、とても落ち込みました。夫は死んでまだ4ヶ月なんだけどなぁ、とトイレで泣いておりました。
夫の存在、感じます。死別前は、スピリチュアルな事は全く信じて無かったけど、いてほしいと願望がそう思わせるのか…いつもキッチンで料理や洗い物をしている時に、瞬き程度に照明がチカチカってなるんです。最初は電球が切れるのかな?って思ってたんだけど、切れる気配がないのです。49日の法要までに、夢で、夫がただいま〜って帰ってきたから、家に守り神でいるんだと思っています。
せせらぎ
が
しました
私もこのところ
温度差を感じていたところです
経験しないと分からないが 当たり前で
自分は経験したからたまたま知れた
くらいに思う方が心穏やかに居れます
みなさんのコメントにも共感
”死者がくれたギフト”
本当にそうですよね!
夫が居なくなったから
見える景色、感じる痛み
大切な人との別れがこんなにも
苦しいなんて知らなかった
ただ寄り添って貰えることが
本当に有難かった
私も 他の誰かを温められる様に
いつかなりたいと心に誓っています
そうなれる可能性をくれたのも全て…
目の前にあるしあわせを
大事に毎日を生きたいです
せせらぎさん
みなさん
ありがとうございます!!
せせらぎ
が
しました
元旦の明け方3時過ぎ、私は夫が来たことを感じました。
ものすごーく、騒がしく、楽しそうに。
夫も私も霊感がなくて、お互い死んでも交信できないねって言ってたし、これまでできなかったけど、私はほんとに来てくれたと思っています。
グリーフケアを学ぼうか、スピリチュアル系は苦手だから止めようかと悩んでいたけど、調べてみます。
こうあって欲しいという、自分の願望かもしれないけど、この心の動きにも興味があります。
この死別の経験が、今後の生き方の道標になるかもしれない(なると、いいな)と思いたいです。
せせらぎさんとお友達、みたいな経験もよくありますよ~
この頃、心が固まっていて、流せるようになってきました(無視しちゃう感じ)。
罪(未経験を、罪というなら…罪ではなく、羨ましいほどの幸せだな)を憎んで人を憎まず、です。
せせらぎ
が
しました
グリーフケアの資格とかあるみたいです。
実際、私も、そういう本をたくさん読みました。
でも、最初はこの段階、次はこの段階、その次は…と、私にはよくわからなかった。
私は言葉は何もいらなかった。
ただ寄り添ってほしかった。
何の言葉も意味がなかったから。
せせらぎさん
Kakoさん
私だけの気持ちですみません。
せせらぎ
が
しました
伴侶との死別、それも突然死での別れは、想像の域を越えていました。
経験した人でないと分からないと思います。
親しい友人なのに、年が明けたすぐに「あけましておめでとう」のメール。
私にとっては「まだ半年」なのに、他人には既にずっと前の出来事なんだなあと寂しく思いました。(「おめでとう」と言えないし言われたくないから、喪中のハガキも出したのに…)
私も経験するまで、本当の哀しみは分かりませんでした。もしかしたら、自分もそんなことをしていたのかもしれません。経験したとしても、人それぞれの想いは違うでしょうし。
せめて、本当に分かることはできないということを分かった上で、人に寄り添えるようになりたいと思います。
死別の哀しみに寄り添えるようになるには、何か特別な勉強が必要でしょうか?ご存知の方がいらしたらアドバイスをお願いします。
せせらぎ
が
しました
本当にその通りです。
皆さんのコメントをみても頷いてしまう自分。
そうなんです。
経験した者でしかわからない。
そして経験したからこそわかること。
かわいそう
大変だね
確かにそうかもしれない。
でも寂しけどかわいそうなんかじゃない。
当たり前の日常
大切な人がいる当たり前が突然なくなる。
私も感じます。
スピリチュアルなもの。
信じることで救われて何とか心を保ってる。
他の人に話せばおかしくなったかと心配されてしまうから、誰にも言わない。
ここで皆さんと関われることで本当に救われてます。
仕事もそう。
生きるためには働かなくてはいけないし、生きる力にはなる。
でも自分を犠牲にしすぎてまでやらなきゃいけないことなんかない。
明日はどうなるかわからない。
今、今日を大事に楽しくいきたい。
それはこの経験をした人が
感じられる思いだと思う。
せせらぎさん
この場を作ってくれて本当にありがとうございます😊
せせらぎ
が
しました
私は子どもがおらず、夫の亡くした理由も違いますが、せせらぎさんと年齢が近いというきっかけもあって、いつも読ませていただいています。
もう本当に話しても伝わってないなと分かりますよね、毎回…だって、親にすら伝わってないし。。スピリチュアルなことだと余計に、宗教的な感じで捉えられてしまって、、違うんだけどと思うので、やっぱり話さなくなり、頼りにくくなっちゃうんですよね^^;
私たちにとっては、そういう出来事があるからこそ頑張れたり踏ん張ったりできるんだけどなあ〜と。
見えなかった、感じられなかった日常生活にある幸せを見つけたり感じられるようになったのは、そういう意味では夫のおかげで、夫からのギフトなのかもしれないと思っています。そんなギフトをもらえた私たちはすごいですよね。
せせらぎ
が
しました
分かりっこない、同じ立場にならなければと。
だから諦めて、口にも態度にも出さなくなってしまった自分がいます。まして、霊現象となれば、
とうとう病んでしまったのか、と同情されてしまいそうで、ほとんど、誰にも言えない状況です。
まーくん、来ましたね!じゃなくて、いつも合図送っているけど、せせらぎさんが、気づかなかったんじゃないのでしょうか。あちらに行ったばかりは、色々とやる事があって、忙しいそうです。
まーくん、やや、あちらで落ち着いて、なおかつ合図も慣れてきてきたんじゃないでしょうか。
せせらぎさんと、まーくんの相性や、波動が合えば、これからもきっと感じる事が出来ると思います。
それが、愛の力だそうです。なんなく通信出来る人がいるのです。まーくんの動画の時間も
まーくんの力でしょう。あの時私は確信してました。
少し時間をあけて、また通信出来ますよ、きっと。毎日必死に頑張れば、よく頑張ってるな、
って、頭ナデナデしに来るかも。
そんな経験している人が
私をふくめて、結構いるのは事実だから!
せせらぎ
が
しました
息が出来なくなるほどの苦しい涙があるとは知りませんでした。
経験した者でなければ絶対に分からないこの気持ち
葬儀の時、「かわいそうで見ていられない。」という声が聞こえてきました。
その時、「かわいそう」という言葉に、正直、腹が立った。
それ以来、私は人前では、決して泣かずにきました。
弱音も吐かない。絶対にわからないだろうから。
夫との通信も言わない。絶対にわからないだろうから。
まわりの誰にもわからないって、少し寂しいですが。
これまでの人生の悩みや苦しみ、悲しみなんて、ハナクソみたいなものでした。(笑)
居なくなって初めて、キラキラと輝きだすこれまでの日々、愛おしい日々。
私自身が夫の遺産だから、遺品だから、夫の名に恥じないように(どこかで聞いたフレーズ!!!)生きていきたいです。
せせらぎ
が
しました
経験していない人は、不思議な話をしても否定はしないけど、こちらとは温度差がありますね。
本当の理解はできない。でも仕方のない事だとこちらが割り切るしかないですよね。
アンパンマンは絶対まーくんです!
気づいてもらえないと向こうもきっとヤキモキしているかもですよね^ ^
主人とは生前、もし先にいなくなったらポルターガイストでも何でも音を出してほしいと言っていました。そんなん無理と言われましたが…。
私は家鳴りも主人かも!と思う時があります。タイミングがいいので。気のせいかもですがそれでいーんです!
せせらぎ
が
しました
母が自宅で意識を失って真っ先に電話したのは、両親を亡くした心友でした。
失礼だとは思いつつ、やはり気持ちを察してくれて話を聞いてくれ、一緒に泣いてくれました。
経験したからこそのよき理解者で、だから私も他の誰かに寄り添える存在になりたい。まだ日は浅いけどいつ、どんな時に出くわすかわかりませんもの。
せせらぎ
が
しました
大好きなおじいちゃんが小学校の時に亡くなった次の日に音がなるおもちゃが急に音を立ててびっくりしました。
お別れも言わず天国に行ってしまったからお別れを言いに来てくれたのかなと思います。
せせらぎ
が
しました
涙流しながら頷くばかり。
コメントにならない思いが…
せせらぎさん。
この場をありがとう。
言葉に綴ってくれてありがとう。
私にとっては辛い今日が、誰かのための今日であるかもしれない。見ず知らずの誰かであったとしても、私はこの場所で救われてる。
辛い日こそ、ありがとうって言うようにしよう。
明日は言えないかも知れないから。
明日は会えないかも知れないから。
大切な気づきをありがとう。
せせらぎ
が
しました
でも、生きてきた。
だから、私達がいる。
知識としては、理解しているつもりでした。
まぁ、机上の空論ですけどね。
私も昔の人ですが…
(今だに、根に持っている…)
だからこそ、
「模範にならねば!」と思っています。
いい大人ですから…
せせらぎ
が
しました
私もありました。
夜中のアンパンマンの音。子供が乗るような小さな車。誰も触れてないのに、音が鳴った。
私も、泣いていた時だったから、「夫だ」と感じました。
私もグリーフケアアドバイザーとして、伝えていきたいです。
今を大切に生きること。
明日が来ない事もあること。
大切な人に大切だと伝えて欲しいこと。
「当たり前」のことは、1つもないこと。
自分を大切にして欲しいこと。
体験したからこそ、伝えられる言葉があります。心に届いて欲しい。
せせらぎ
が
しました
お身体が不自由になられた方、御自分を受け入れて見えないところで歯を食い縛り、明るく暮らす事は並大抵の精神ではないです。頭が下がります。
死別の場合も、闘病、突然の場合、事故、稀ですが他殺。
せせらぎさんの若さで、結婚生活もまだ5年で、二人のお子さんが小さく、ある日突然ご主人様との別れを経験した時、それがもし自分だったらどうなのかなあと、思う事あります。
人生で一番幸せな時に、突然独りになったら…
絶望とか悲しいとか、もう言葉での表現は、なかったと思います。そんなのじゃ表現出来ない…。
きっと悲しみが癒える事はないのに、大きな仕事を受けて前を向いてる。向かねば!とご自分を奮い立たせてる。
せせらぎさんは、社会からも必要とされてる人です。
仕事大事ですよね。
今のままの自分じゃ駄目になっていってしまう…
そう思います。
長文ごめんなさい。
せせらぎ
が
しました
本当に本当に思います…(T_T)✨
他人事だった。。。
だから、同じ気持ちではないにしても、寄り添える人になりたいと思います。
それにしても、まーくんさんの「俺はここ」自己主張はアンパンマン。。。(笑)
せせらぎ
が
しました
主人のいた空っぽのベッドの上で1人しくしくしていたら突然アンパンマンのアイスクリーム屋さんのメロディが‥!それはそれは静かな空間でいきなりのアイス屋さん開店。スイッチおさないと鳴らないのに。
腰が抜けるかと思いました。きっと旦那さんが泣いてるんじゃなーいと叱咤したんだろうなと。もう少し別の方法でやってほしかったですが‥。
経験の件では、うちの旦那さんが亡くなる3年前に近所の同じ年くらいのご主人が突然亡くなった際、私が他人事のように奥さまに接していたことを思い出しました。
あまり付き合いもなかったのもありますが、うちの葬儀でお会いしたとき、あのときは気持ちも分からずすみませんでしたと泣きながら謝りました。
やっぱり、同じ立場にならなければ理解はできません。今は嫌というほど分かります。
せせらぎ
が
しました
本当にそう思います。
死別でも、夫や子供、親を亡くした人それぞれ悲しみが違うと思うし。
本当に健康で、普通に家族みんなと生活できることがどんなに幸せな事なのか。
だからこうして、せせらぎさんや皆様の想いを聞けることが、自分だけではないんだと(悲しいことだけど)とても救われたりします。
せせらぎ
が
しました
大きい荷物やカバンが持てない、車の運転ができないからどこに行くにも徒歩、タクシー、周りのみんなに悪気はないけど、わっかんねーだろ!って言いたくなる。かたてがうごくならいいやん、世の中には両手がない人だっているんだぜー。
ばかか!お前は!お前は両手があるだろ!動くだろ!何がわかるんだ!っていつも心で怒り狂ってます。せせらぎさん、今回素晴らしいフレーズがたくさん出てきて感動しました。すみません、少し私なブログで引用させていただきます、もちろん私のブログ内でこのブログの宣伝もさせていただきます。
まあだコメントに返信をいただきありがとうございます。
かっちゃん
せせらぎ
が
しました