
<質問 12>
せせらぎさんを含めコメントされる方々の
亡くなられた方に素直に会いたいと言える事が羨ましいです。
私は主人に会う事が怖いです。
私が主人の命を消したからです。
主人は進行期の治療抵抗性の治療方法が確立されていない悪性リンパ腫で
発病から1ヶ月で亡くなりました。
闘病期間は短いですが、治療は厳しいものでした。
医師からもう治療方法がないと言われ延命治療について決断しないといけなくなり、
主人は日頃から延命治療はしないと言っていたので延命治療を拒否しました。
その時主人は意識があったのに再度確認出来ませんでした。
延命治療を拒否して次の日に亡くなるまで側にいましたが、
命が消えていくという現実を目の当たりにして自分が主人の命を消したんだと思い知りました。
延命治療を拒否された方後悔してませんか?
これは辛いですね。
心苦しい決断だったと思います。
自分で諦める一線を引く。とてもお辛かったでしょう。
ころりさんは命の火を消したのではなく
一番いいタイミングで人生を終えさせてあげられる任務を任されたのだと思います。
もっと悪いタイミングはきっといくらでもあった。
ころりさんが選んだ時が彼のタイミングだったのだと思います。
そこまで舵をきれるなんてすごいな。
愛する人を「お疲れ様」とそっと目を閉じさせてあげられる。
いつ失くなるかわからない命。
最期の瞬間を最期として向き合えたのは、ちょっぴり羨ましくもあります。
それはとてもとてもお辛い判断だったと思いますが
間違ってないと思いますよ。
厳しい治療だったとのこと
早く解放してくれて良かったと、きっとご主人様も笑っていますよ。
絶対に怒ったりしてない。
万が一していたら「延命治療しないって言ってたじゃん!私は悪くない!」と
会ったあかつきには思いっきり天国でケンカしましょう。
いらっしゃるかしら。延命治療をやめられた方。
私にはやっぱり想像でしか話せないことなので
心苦しい胸の内、
もしくはそれで良かったとスッキリしている胸の内、お聞かせ願えないでしょうか。
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コメント
コメント一覧 (20)
お恥ずかしいですが、主人の最後を看取り人が亡くなる事がどういうことか身を持って知りました
コメントして下さった方々は多分、私より若い方々ばかりと思いますが、本当に励まされました
本当に有難うございました
子どもはいなくて、全てがコレからという時にガンが見つかりました。
見つかってすぐに余命宣告されてしまったため信じられないし信じたくないけど、もしもの時の話をしていました。
私は管がたくさん繋がっていてもずっと生きていてほしい…と言いました。
旦那さんは、何にもできなくてもいいの?それでも良いならたぁちゃんの好きなようにしていいよ。って言ってくれました。
でもこの話をしたのは病気が分かってすぐのことです。
実際その時がきたら…
主治医からは延命しても治ることはないです。ってハッキリ言われて本人も自らの意思で延命治療をしない決断をしました。
生きることを諦める決断。どんなに辛かったか旦那さんの気持ちを考えると4年たった今でも悔しくて苦しくて眠れなくなります。
旦那さんが自分で決めた事って思うようにしています。
でも遺された者はどの決断をしても後悔するのだと思います。
旦那は一年前に倒れ、心肺停止になったせいで、植物状態となりました。
運ばれた病院では延命治療しますか?という明確な確認はなく、多少障害が残っても生きていればという思いで、言われるがまま治療を進めました。でも結局今は胃から栄養を入れて、痰を吸入してもらうことで体だけが生かされている状態です。それでも、旦那に触れられることは幸せだと感じますし、義母は時々会うことを励みに生きています。
ただ、旦那はきっと今の状態では生きていたくないだろうなと思います。
助けられなかったこと、このような状態にしてしまったことを思うとごめんねと話しかけることしかできません。
なので、今の病院には急変したときは延命治療したいことを伝えました。
他の方が言っているとおり、どちらを選択しても後悔すると思います。
旦那さんのことを思っての判断、ご自分を責めることはないと思います。
だからこそあまり自分をせめないで欲しいです。
状況は違えど大切な人を失った気持ちは良くわかります。
ある意味生きてる方が辛い事も多いので…。
時期的にもうすぐ命日ってのもあって気持ちが沈みがちで余計になんです。
会えたらやっぱり嬉しいじゃないですか。
うちは今月末で妻が死んで1年になります。
心不全でした。
本当に突然でした。まぁ今思うと1週間前ぐらいから体調を崩してました。
本人は風邪だと思ってたらしく病院に行くように行っても行かなかったのであの時無理矢理にでも連れていけば良かったと毎日の様に考えちゃいま
余りにも無知すぎて見殺しにしたような感覚が未だにあります。
失礼かと思いますがその選択肢があるって自分からしたら羨ましくも思います。
本人の意思で選んだ事なので間違いはないと思います。
ご自分を責めないでね。
あの時ああしなかったら…
あの時ああしていたら…
私もずっと自分を責めましたけど。
人は病気や事故で亡くなるんではなく
人は寿命で死ぬんです。
そこは神様の領域で普通の人間には絶対にどうにもできない部分ですよね。
うちの夫も私と子供達を置いていってしまいました。
もう手を打つ手段はなくてただ亡くなるのを待つだけって現実と思えなかったし、今もたぶん受け止めきれてないです。
でも何年か経ってあれは寿命だったんだ
どうにも仕方なかったんだと思えるようになりました。
決してころりさんのせいではないですよ。
だからご自分を責めないで下さいね。
延命治療をしないことを選んだものの、本能では「どんな形でもいいから生きてて欲しい」という気持ちでいっぱいなので、理性では夫を楽にさせてあげた方がいい、とわかっていても、その狭間で揺れに揺れている状態です。自分の心の声に従うなら選択の余地なく「生きてて欲しい」なので、今本当に辛いです。
頭が正常な時は、「後悔しない道を選ぶ」のではなく、どの道を選ぼうと、「選んだ道は後悔しない」と、自分に言い聞かせたりできますが、次の瞬間には、やっぱりヤダヤダ絶対ヤダとパニックになってしまってる自分がいて、本当に情けないです。
きっと私は何を選ぼうと後悔すると思います。
そしてきっと、死ぬまでそれを背負うと思います。
でもそれは自分の問題。
夫はたぶん、私が何を選んでも納得してくれると思うし、責めることはないと思います。
ころりさんの旦那様もきっとそうなんじゃないでしょうか。
だから、繰り返すようですが、ころりさんは、どうかご自分を責めないで下さい。
ころりさんが選んだ道イコール旦那様が選んだ道なのだと思います。
長々と書いたうえに何の解決にもなっていませんが、旦那様に申し訳ないと思う後悔なら、それはしなくてもいい後悔だと思います。
きっと旦那様は苦しむころりさんを望んでおられないはず。
前だけを向くのは難しいけれど、ほぼ後ろ向きで時々前を向く、くらいのゆるい進みかたでもいいので、少しずつ進んでいけたら、と願ってやみません。
今の私には、それすら難しいけれど。
夫は癌で、長く頑張ってきましたが、治療方法がもう残されていないという頃に医師から延命治療についての話がありました。
夫は普通に暮らせないのなら生きていたくないと言い、夫の強い希望で延命治療を拒否しました。
私は夫の意志を全面的に肯定して同意しました。
緩和治療はしていただいても辛い状態だったようで、あまり意識がないなか「欧州に渡って安楽死したい」と言ったりして、最後の数日間は正直「早く楽にしてあげて欲しい」という気持ちでした。
オムツも屈辱だったようです。
延命治療といっても病院からはざっくりとした説明しかなく、点滴や酸素に繋がれて、夫が希望するような最期だったのかどうか…。
(病院によっては希望する処置について細かく指示できるようです。夫の入院先はそうではなかったです)
そんなこともあって、私自身はリビングウィルを書いています。延命治療について、自分の希望を書いています。もしも今後、安楽死が合法化されたら安楽死を選択するかもしれません。
延命治療をするしない、どちらを選んでも本当に辛い決断であると思いますが、旦那様が延命治療を望んでおられなかったのなら、ころりさんの判断は決して間違ってはいないと思いますし、旦那様も納得されていると思います。
どうかご自分を責められませんように。
うちは今まさにその決断を迫られているところです。
しかも二度目の。
夫は1ヶ月前に突然心筋梗塞で倒れ、心肺停止が長時間に及んだ為、植物状態になりました。
最初の決断を迫られた時、あまりにも突然すぎて私の気持ちが追いつかず、どんな形でもいいから生きてて欲しいと延命治療を望みましたが、相談した身内から、本人はそんなこと望んでる訳はない!一時の感情に振り回されるな!身体なんかただの入れ物だ!あげくに、言うこときかないなら相談なんかするな!子供がふびんじゃないのか!あんたのせいで子供が不幸になってもいいのか!と責められ続けました。
そして私は精神を病んでしまい、今も鬱とパニック発作に怯えながら病院に通っています。
そして今、目覚めることもなく、毎日毎日身体の不調と闘っている、機械に生かされているだけの夫を見て心が揺らぎ、次の急変時には延命はしないことを決めました。(というか、決めさせられた)
こんにちは。ウチの旦那は2017に亡くなりました。週単位、日単位で進む かなり攻撃型の…悪性リンパ腫
今になって、もっと側にいてあげれば良かった、もっと苦しみ悲しみをわかってあげれば良かった、もっと子供たちを病院に連れて行けば良かった… と、後悔しては涙が出てきます。
が、闘病中は 旦那の家族は遠方なのと、私の家族は高齢なので 誰にも 家の事、子供たちの事、旦那の事は頼めませんでした。お見舞いに来てくれた人はたくさんいましたが、お見舞いはあくまでお見舞い。私は子供たちを不安にさせちゃいけない、今まで通り振舞わなきゃいけない、学校もある、旦那の前でも 泣いちゃいけない… 全部 私1人で背負っていました。 あの時の私にはもういっぱいいっぱいだったし、余裕もなかったんです。
半日 お見舞いに行かないだけで、弱っていった旦那を見て、、もうどんな事をしても、どんな薬を使っても、どんなに祈っても、こんな状態からシャキーン!と 逆転ホームランで丈夫な身体になる事はないな…と。
先生に延命について聞かれた時、苦しまないように逝かせてあげてください…と 先生に伝えました。 たとえ、先生に延命してください。どんな状態でもいいから生きててほしいです!…とお願いしても、、、悪性リンパ腫は、手術すれば治るガンとは違い、身体中を血液とともにグルグル回る、たちの悪いガン。
どんな医者でも助けられなかった…と思っています。
気持ちはすごくわかります。けど ご主人は苦しまずに天国に行けた、そして今はもうあのガンの苦しみから解放されてるんですから、どうか自分を責めないでください。
朝自宅で倒れ、救急車で病院に運ばれた時は意識はなく、先生には非常に厳しい状況だと言われました。その場で手術をするかしないか決めろと言われ、ほんの1%でも可能性があるならと手術しました。手術は成功しましたが、日付が変わる頃容態が急変。血圧が上がったり下がったりを繰り返し、心臓マッサージをしている最中入って来た先生の顔を見た瞬間首を振られてしまい、そこで主人の最後を私が決めてしまいました。もうじき亡くなって3カ月たとうとしていますが、あの時の事を忘れる事ができません。主人の最後を決めてしまった。あれでよかったのか今でも後悔ばかりです。
臓器提供はしないと言っていたし、葬儀は盛大にやってほしいと言う話をしていたので、沢山の人に送られて旅立たせてあげられた事だけはよかったと思っています。
料理も掃除もできない人で、普段からもし私が先に死んだらどーするの?って言うと俺もすぐ死ぬから大丈夫って。こんなに寂しくて辛い思いをするのが主人じゃなくてよかったのかな。
延命処置…あの時たくさん悩んで考えて決めました。覚悟もしました。何かを決断する。しかも自分でなく大切な人の最期を決める決断。私たちが後悔してはいけない。それだけの覚悟をして決めたことだから。私たちがぶれてはいけない!って思えました。
なんだかわけのわからない文章でごめんなさいm(_ _)m
ウチは逆かもしれません
膵癌、約4カ月
緊急入院から自宅に戻り
しかし既に
本人も周囲も予期していなかった状態でした
訪問医により
ワケのわからないままチューブが繋がれ
慌てて入れた医療ベッドから起き上がることすらできない状況に
こんな状態で尊厳はあるのかと
深夜、連れを前に義妹に尋ねました
しかし、数日後、義母の抵抗を前に
いえ、それを言い訳にしていたのかもしれませんが
たった数日の違いだったかもしれませんが
結果、余計に連れを苦しめたのかもしれません
苦しい決断だったと思われますが
ご主人の意志を尊重されたこと
寧ろ羨ましく思えます
おそらくどんな選択をしても
後悔しないことは不可能だと思います
それほど彼ら、彼女らは
私たちにとって
とてつもなく大きな存在なのだということだろうと思います
ころりんさんの
みなさんの
自分の
傷が少しでも小さくなることを願っています
私の夫はくも膜下出血(プラス急性心不全という死亡診断です)で、ほぼ即死です。
8年前にも一度くも膜下出血を発症し、奇跡的に後遺症が全くなく、復活できました。
そのとき本人から、「後遺症が残って生きて、あやみるちゃんに迷惑かけるなら、死んだ方がまし」(復活できたからこその、この軽い言葉)と言って、私に怒られました笑。
そして、今回の再発。
発見されたときはもう、もし直ったとしても、重度の後遺症が残るくらいの時間が過ぎていました。
くも膜下出血でのほぼ即死、という確率はとても低いことは前の発症で知っていたけど、彼のタイミング、あの言葉は本心で、自分のタイミングで逝ってしまったと思っています。
いろいろあり、夫の臨終には親兄妹誰も間に合わず、治療の終了は私が決めました。
彼が去年、「死ぬときまで、あやみるちゃんといたい」と言っていたので、これも彼のタイミングかな、と。
後悔、といえばたくさんあるけど、死のタイミングについては、彼の意に添えたと思っています。
ころりさんも、旦那さんの意に添えたのではないでしょうか。
それでよかったのかな、と私は思います。
勝手言ってごめんなさい。
ご自分を責めないでくださいね。
そしてもう一つうちの旦那、臓器移植を希望していたのです。臓器移植をするかしないかの選択も迫られました。本当に迷惑な話でした。
移植をしなければあと1週間は持つかもしれない。移植をするならもう数日との事でした。
最後くらい好きなことをしてくれと思い臓器移植もしました。生前に死ぬことについて話せていて良かったです。本人のしたい様にしたのだから、わたしは後悔しません。
ころりさんも旦那さんの言っていた通りにしたのであれば自分を責めるのはお互いやめませんか。
私も旦那が栄養ドリンクを良く飲んでいて、それが止められなかった後悔に襲われます。後悔しても、もう旦那はいないし。後悔ってホントに辛く虚しいです。
ご主人は奥様が自責の念に苦しまれているのは悲しいと思いますよ。
延命はしないで欲しいという気持ちを伝えていらっしゃったなら、ご自身が一番納得されていると思います。
うちは腎不全を長く患って、合併症でクローン病になり悪化、腸がどんどん腐っていく状態で2週間水すら飲めず苦しそうでした。
外科の先生は手術すればなんとかなる、内科の先生は今、お腹を開けたら炎症がひどくてくっつかないから死ぬかもしれない、と意見が別れ、、、
あまりに苦しそうな状態に私は手術に賛成しました。
結果、麻酔から目を覚ますことはありませんでした。オドオドする外科の先生。
でも、麻酔のままあれ以上苦しまず安らかな顔でした。
外科の先生を責める気持ちもありませんでした。
あのまま弱っていくのはあまりにもつらそうだったからです。
最後の最後まで辛い治療で闘うのも覚悟がいることだし、それも立派。
延命せずに逝かせてあげる覚悟を決めるのも立派なことだと思います。
余談ですが、20年前、私たちの結婚式のその日に私の祖母が旅立ちました。
そして
昨年、私の従兄弟の子供の結婚式当日その子の祖母が旅立ちました。
親戚の中でこんなドラマみたいなことが2回も。しかし、どちらのおばあちゃんもきっとこれが自分のタイミングと知って向こうに行ったと思っています。その理由も後々少しずつわかってきました。
生まれること亡くなること。きっとその人にとって最善のタイミングなのではと
私は思います。そして自分が逆の立場だったら、愛する人の決断をうらんだりしないだろうと思います。
あくまでも私の考えで、もし気を悪くされる方がいらしたら申し訳ありません。
ころりさん、お辛かったですね。本当に本当にお辛いですね。
でも今はご主人は苦しみも痛みも消えて穏やかでいらっしゃると
思います。ころりさんを大事に想っていらっしゃると思います。
ご自分を責めないでいただきたいと思います。
私は生まれる瞬間も亡くなる瞬間も、きっとその人が一番良いタイミングを
選んでいると思うようになりました。
私の夫は膵癌末期がわかって2週間で旅立ちました。治療は何も出来ず。
亡くなる2日前、容態が悪化、いつ心臓が止まってもおかしくない。
いわゆる延命処置をするか決断を迫られました。
処置をしても残された時間は数日延びるだけとの事でした。
夫の考えを聞くことはできず、私と息子で全て自然に任せてと決めました。
死のほんの数時間前、トイレにはすでに行けず紙おむつをつけられ非常にショックを受けていました。
そして自分のそういう姿を私に見せるのは絶対嫌だったでしょう。無理に延命をして本来の自分ではない姿を家族に見せることは夫の本意ではないと感じました。家族が苦しむ時間をせめて短く夫はそう思ったと想像します。でも本当はわかりません。
どんな選択をしても、100%これで良かったと納得することはないかも知れませんね。
しかし愛する奥様や家族の選択を、旅立った人はありがとうと思っていらっしゃるのでは
ないでしょうか。
家は、虚血性心疾患です。
普通に仕事して、食事して…
普通の日常でした。
「肩が痛い」
と言うので、夜に病院に行きました。
「筋肉痛か!」
「母さん、年だ、年!」
「がんばれ、おばちゃん!」
「うるせぇ」
「ねえさんだ!」
「何、言ってんだよ」
「子供もいるのに!」
まぁ、オレが、「大丈夫」って言うより、
先生に「大丈夫」って言ってもらった方が、
「いいじゃん!」
そんな感じでした。
それなのに、数時間後、
「危険な状態です」
「家族の方を呼んでください」
はぁ、まだ、35ですよ。
さっきまで、話してましたよ。
「今は、マッサージで動いていますが…」
「これ以上は身体を傷めるだけです。」
だって、何ともないじゃないですか。
ダメですか…
分かりました。
やめてください。
ありがとうございました。
それから、
心肺停止状態で、病室に呼ばれました。
私が、来たの分かったのかな。
心臓が動き出しました。
先生もビックリしていました。
で、行きました。
「あとは、頼むね!」か!
おぅ!
任せておけ!
アイツは成人させる!
約束したんです。
だから、私は後悔はありません。
うちの場合は逆なので、ちょっと違うかもしれませんが‥。
うちの場合は私が治療に固執し、主人を苦しませてしまいました。
主人が癌で抗がん剤が効かなくなった頃から痛みが激しくなり、緩和ケアや在宅医療を考えるようになりました。
でも先生から緩和ケア病棟や在宅医療は延命治療をしないと言う前提と言われ、その誓約が必要でした。
でもまだオプジーボが効くかもしれない❗(ノーベル賞とられましたね)V字回復するかもしれない❗という期待を捨てきれずにいたので、もし少しでも良くなったら戻ってきてもいいか等の交渉をするなど踏み切れずにいたら、突然危篤状態となり翌日逝ってしまいました。
もっと早く決断していれば家族で最後のときをもっと長く過ごせたのに、家に帰らせてあげたのに、痛みを軽くできたのに。
何度もごめんね、ごめんねと号泣しました。今も後悔してばかりです。
主人とは最期のことを何も話し合っていませんでした。こんなに早くいなくなるなんて思ってもいなかったから。
どんな決断をしても、遺された方には後悔が残ると思いますが、生前のご主人の言葉通り、約束を守れたあなたは立派だと思います。本当に辛い決断でしたね。